ノートには日々の治療の記録や体調、食事などが記されていた。ペラペラとめくっていると、あるページが目についた。



そのページにはこう記してあった。







~ 18年前の夏、私は心臓に重い疾患をもって生まれた。はじめて手術を受けたのは生後10ヶ月のときだった。


その頃は覚えていないけどきっと私以上にお父さんとお母さんは大変だったと思う。小学校に入る前はほとんど病院にいた。別に苦痛ではなかった。慣れていた。午前10時の面会開始時間にお母さんが来て、検査や治療、プレイルームで遊んで…夜8時の面会終了時刻にお母さんが帰ってゆく。普通のことだと思っていた。さみしいともおもわなかった。こう言っていると冷めた子供だと思われてしまうかもしれない。しかし、私には2つ寂しいことがあった。1つは病院のお友だちが亡くなってしまうこと。そしてもう1つは、隆弘が帰るとき…。



隆弘とは生まれたときからの付き合いといっても過言ではない。母親同士が高校の同級生で、たまたま家も近所。だから私が家にいるときは隆弘も幼稚園入園前から家が隆弘の家から徒歩三分ほどなので家に遊びに来ていた。 入院していた時は毎日のように病院に来てくれた。同じ幼稚園だったから入院中、幼稚園の話をたくさんしてくれた。お友達の名前教えてくれたり・・・。だから早く退院して幼稚園に行きたいって思えた。きっと隆弘がそうやってくれなかったら幼稚園に憧れなんてなかったのかな・・・。




小学校には隆弘といっしょに通った。入退院は繰り返してたけど、小学校はわりと通うことができた。毎朝、私の家に来てくれて手を引いて学校にかよったな。さすがにそれは小学校1年のときだけだけど・・・(笑


いつもいっしょだった。運動に制限があったからいろいろと出来ないことが多かった体育も隆弘がで手を貸してくれたり・・・、調子が悪くなると私の体のこと一番わかってくれてるから保健室に連れて行ってくれたり、介抱してくれたりした。とっても頼れて、お兄ちゃんみたいだった。お互いに兄弟がいなかったから兄弟の感覚だった。




小学校2年生のときに、突然お父さんが交通事故で亡くなった。あまりにも突然のことでショックが大きかった。今まで私の病状も安定していたけどこのときばかりは体調を崩し、入院した。そんなとき、隆弘は毎日私の病室に来て明るくふるまってくれた。幼稚園のときのように、小学校の話をたっくさんしてくれた。隆弘といるときばかりは私も悲しみから逃れることができた。でも、父の死から約一年後、幼稚園の頃から慕っていた9歳年上の真奈美お姉ちゃんが亡くなった。私と同じ心臓の病気で、まだ18歳だった。いつも励ましてくれて、同じ病気だからこそお互い共感できることが多かった。やさしくて、かわいくて、頭がよくて、あこがれのお姉ちゃんだった。私はそのとき、初めて自分が死ぬ病気だって身にしみて感じた。今まで考えたことがなかった。病気は病気だけれど死ぬって思ったことはなかったんだもん。


だからこそ悔いのないように生きなきゃって思った。そして真奈美お姉ちゃんがほんの一か月しか通えなかった慶明大学に行きたいって思った。


中学受験しようとおもったのはその時期からだった。それから一生懸命勉強した。周りからは受験は精神的にも肉体的にも大変だからやめろって反対されたけど絶対にわたしは譲らなかった。そして、合格できた。大好きな隆弘と一緒に・・・。


中学では千晃、真司郎、日高、秀太の4人、とってもとっても大切な友達ができた。ときどき入院していたけど、学校では毎日が楽しかった。中学では私の病気のこと、隆弘にしか知らなかった。心臓に病気があるって聞いて驚かない人がいる?私は、それで同情されることがいやだった。だいたい、みんな私を見て「かわいそう」、「どうせこれできないんでしょ?」っていう目線を向けられることが多かった。なによりも、気を使えわれることがいやだった。この4人はそんなことないって思ったけど、でも、言えなかった。そのせいで付き合い方がかわっちゃいそうな気がした。病気がばれないようにできるだけ体育の授業も参加した。どんな行事も出た。だからこそいろんなこと楽しめたな。


いつからなのかな、隆弘のこと、兄弟の感覚では見られなくなったの・・・・。


中学1年のとき、帰り道に隆弘に告白された。正直驚いた。隆弘が自分のことそういう風にみてたって考えたことなかった。でも、私もそのころには隆弘のこと小さいの時みたいに兄弟のような感覚ではみていなかった。


ずっといっしょにいたいって思える存在だった。


でも、怖かった。だって私、絶対に隆弘よりも先に死んじゃうかもしれないから。ずっと一緒にはいられないって。実は、それからずっと隆弘と一緒にいて、別れたあといつもそんなこと考えてた。


隆弘は本当にやさしくて、ちょっと抜けてるけど、実はとっても頼れて・・・とってもと~っても素敵な人。だからときどき会うのがつらくなる。私でいいのかなって、隆弘には私はもったいないなって。いつ死ぬのか分からない自分と付き合ってて、隆弘にとってそれでいいのかなって。でも、隆弘はその不安を取り除くかのように私をやさしく包み込んでくれた。こんな私で本当にごめんなさい。隆弘、大好き。




お父さんが死んで以来、お母さんと二人三脚で病気と闘った。治療や入院や手術はもちろんお金のこと…一人で大変だったと思う。それなのに、私、中学2年のときに「どうして私なの?なんで病気で生んだの?」って泣きながらお母さんに当たっちゃったことがあった。"死"ってことが怖くなった。だからそんなふうに当たっちゃった…。きっとお母さんは今までに私以上に大粒の涙を流してきている…。本当にごめんなさい。
とってもとってもお母さんには感謝してる。治療費のために一生懸命働いてくれて、毎日看病してくれて・・・。お母さんになんにもお礼もできなくて悔しい・・・・。親孝行したい。






大学生になって、就職して、結婚して・・・・いつか子供がほしい。




みんなとずっと一緒にいたい。




ずっとそれは夢だって思ってた。




でも、もしかしたらそれがかなうかもしれない。



移植手術に成功して、元気になって・・・・そしていま、一瞬一瞬の命の輝きを忘れないために今こうやって私の気持ちを書いてみた。




いつか、これを読んでそのときの私を勇気づけられるこを信じて・・・・                 ~





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みなさんお久しぶりです♪


覚えてますか???



テストが終わってAスト初更新です




かなり長くなって見にくいかもだけど、コメよろしくお願いします。読み逃げ厳禁w



必ず必ずコメ返しにいきます♪



テスト期間中、行けなくて本当にすみませんでしたm(_ _ )m