こんなことを言っている間に

僕等の登ったところまで登る

降りられへんようになっても知らんぞ~

ボトン、ボトン

もういいですか?

僕らは茂雄を見直したそしてガリガリの人間を見直した

10日の朝、ピーターさんが迎えにこられる

教会で朝食

ピーターさんの話では僕等の行こうとしている

次の野営地 ニミッツビーチはキャンプするには

いい場所ではないらしくグアムで一番のキャンプ地へ

連れて行ってくれるらしい

数時間後

丘の上の素晴しい所にやってくる

丘の上の家がイカシテル

その家の主人や奥さんにも紹介される

家の中はアメリカの映画に出てくるような

素晴らしい家具がいっぱい、、、、

どうやらこの家のすぐ下の私有地にテント

を張ることになりそうだ

移動キャンプも簡単だった

トヨタのマイクロバスにテント等を放り込んで

車にポイ、、テントサイトに隆と二人でイヤサカ

を馬鹿でかい声でやったら

ピーターさんとポリスが目を白黒させていた

今日はスコールが何度もやってくる

ここは丘の上なので風が強い

設営がうまくいかない

上は草でも中はセメントのような石だらけ

ペグが曲がって中に入らない

風が強いのでテントが浮いてしまう

設営が終わって2人で下の海岸まで歩いた

帰ってきて昨日イパオビーチのポリスにもらった

サンドイッチを食べて寝る

今、横で隆が寝ている

午後6時10分まだスコールが続いている

7時ごろボーイスカウトYONA 1団の隊長が

テントに来られる

DRESS UP?

正服のことかなあ、、、

ヨナの村を案内してくださる

この村には日本人が4人いるそうだ

91歳の沖山さんと75歳の佐山さんに会って

いろいろ昔の話を聞く

戦争中、日本人はたいがいここの住民を

虐待したそうだ

自分たちは日本人でありながら

日本の兵隊のために財産もなくし

ひどい目にあったと言っておられた

なんだか申し訳ないようだった

でもそれが戦争だから仕方がないと言う

言葉に幾分僕の気持ちもやわらいだ

沖山さんはもう死ぬまで日本人には

到底会えないと思われていたらしく

たいへん喜んでくださった

どちらの家にも食事に来るように言われる

そして困っているものはないか?など

いろいろ心配してくださる

テント生活は9年間毎年20泊以上しています

と言って安心してもらう

隊長さんの家で食事をいただいた

いろいろ楽しかった

食事の時ホテルオータニの箸を持って

こられたのにはびっくりした

テントまで送ってくださり3人でギターを

弾いていたら丘の上の主人と奥さんが

テントの側にやってきた。婦人は僕等の夜食を

ちゃんと持ってきてくださった

みんなに本当に親切にしていただいて恐縮する

明日の夜にこれを食べよう

どうもありがとう

11時朝はぶらぶら、雨が降りそう

午後5時30分、隊長が迎えに来られる

正服を着てホレ!!出発

9日の晩以来の水を浴びる

つまり風呂を借りたのである

石鹸で身体を洗うのは3日以来、気持ちがよかった

なにしろオリーブオイルで身体がネトネトしていたので、、

僕の英語がちょっと通じる????

I WANT TO USE THE BATHROOM

僕は風呂を使わせてほしいと言ったのだが

この英語では、あとで解ったのだが

便所に行きたい、、になるそうだ

どうりでタオルを貸して暮れなんだ


おわり