KuU | Route Black

KuU

家のもの:
『お前どこへ行っていたの?』
子供:
『外にいた。』
家のもの:
『何していたの?』
子供:
『何もしていないの。』
菩薩の境地、無限の妙味。
大人から見ると子供は、とんだり、はねたり、種々様々な遊びをやったにきまっている。
しかし子供からみれば何もしていないのだ。

朝6-10時の太陽を浴びると、脳内の神経伝達物質の代表としてのセロトニンが分泌されるという。
朝の太陽を浴びないとそれが不足し集中力が切れやすくなったり、鬱やらマイナス思考になり易くなる。
朝日を沢山浴びるとより分泌されシゴト、修行も夜まで集中できる。

去年の夏あんなに暑かったのに毎日の様に5時起きで走ってから仕事にいっていた。
疲れるどころか調子が良かったのは運動と食事のbalanceの他に朝の太陽が関係していたのかも。
咀嚼、運動(Run Dance)、意識的な呼吸(ヨガ 瞑想 座禅)が
つまり、リズム運動がセロトニンの分泌を促すようです。

己の目や耳といった五感すら時として嘘をつく

平常心是れ道

天慶3年(940年)寛朝大僧正によって開山された成田山。以来1071年の間護摩供の香煙は一日たりとも絶えることなく、その眩いばかりの法灯を護持継承している。

3泊4日の断食道場での修行の目的は、お不動さまのご加護のもと、不動の信念と、心身の鍛錬を体得することにあります 。
朝5時の掃除から始まり夜10時就寝までの間ひたすら自分と向き合う、自然と共存する、意識は空 只 今 ここ。

写経、坐禅をし、お説教を聞いたり散歩したり等、そこには煩悩はなくむしろ知恵すらない、ただ青い空があり緑があり風が吹き、陽が登ったら起き、沈んだら休む。
月も満ち 欠け

十畳ほどの年季の入った薄暗い和室に一人で寝泊まり。TVもなければ、携帯電話、エアコン、洒落たインテリアなどは皆無。
全然体力つかってないせいもあって寝れない。怖いし、蚊に刺されるし、お腹ぺっちゃんこで・・雑念だらけ。
一日がとにかく長い。こんだけ無駄に時間を費やしたのはじめてと思うくらい。
水だけの生活、階段を上るのもつらくなってくる。
やることがなさすぎる。
そもそもやることってなんだ?
仕事ってなんだ?
生活ってなんだよ、年金って、貨幣って、一体なんなんだよ。
いるか?

入山してる間10回以上参拝者とともに参加した御護摩祈祷。御護摩とは、お不動さまを本尊としてその前に壇を設け、護摩木という特別な薪をたいて、諸々の願いを成就することを祈る真言密教の修法。護摩の火はお不動さまの智慧を象徴し、薪は煩悩を表しています。護摩の祈祷を通じて、むさぼり、いかり、おろかさという心の迷いをお不動さまの智慧の炎で焼きつくし、ぞれぞれの持ち物を翳し願望を清め、すみやかに成就するよう祈念する。1日5~8回行われる超度迫力のステージとでも呼ぼう修法。何度参加しても飽きなかった。本当に不思議だ。
1日に何百人が参加をして大護摩に何万円とお金を払っている。
日本という国、信教の在り方、歴史、これからの未来はどうなっていくのだろう。
どう在るべきなのか・・・

痩せるとかデトックス、内臓のリセットとかそんな事ではなく、心そのまま、神のまにまに。
守るとか祈るとかいうことも無論。
何もいらないのだなと。

とても素晴らしく美しい物凄く危険な荒行でした。
肉体も精神もくたくたになり、出家、解脱などはほど遠いことをがっちりと体感しました。
長い長い3泊4日のあとの重湯と焼き味噌、梅干しはどんなご馳走より「美味しかった」
というか一年ぐらい経つがFitする言葉がまだ見つからない。
ちなみにおかわりしました。

最後の朝に湯呑みを物の見事に真っ二つに割ってしまったのはなにかの啓示なのか。
その後出会うべくして出会ったのか、一人の老婆との人生を変えた一時。
帰り際あの橋本貫首に額にポンと手を触れられた時に涙が溢れました。
理由はないね。

どれだけ手放せるか。

ロレックスより太陽の方が贅沢な時計だ。

帰りの満員電車が物凄く恋しかったのは、まだまだ修行がたりない証拠。

独りでは生きて行けぬ。