5日に、精華学研都市を車で通った時、
SUNTORYの
新しいどでかい社屋が建っているのを見つけた。
ここで何を展開するのだろう?
まだオープンしていないみたいだが、
この時、しっかり私の潜在意識に入った。
同日の帰り道に、今度は城陽で
サントリーホールディングスの工場を見つけた。
そこは普段もよく通っていたが、
サントリーだと気付いたのは、
午前中に見たからだろう。
そして、今日は、意外なところで
サントリーを見つけた。
今日は、原稿用紙のルーツである
鉄眼一切経版木がある宝蔵院を訪ねた。
現在の400字詰めの原稿用紙の元となっているのが
桜の木を使った版木で、
ここには6万もの版木があり、
今も経本の印刷と出版が行われている。
鉄眼和尚が中国の印刷技術を取り入れ、
寄付を集めては、
当時の災害や飢饉のために
これを使い、
3度目の寄付で、ようやく1678年に完成。
この方がいなければ、
明朝体も印刷も
まして、本というものが
世に出てこなかったのである。
鉄眼和尚像の横には、
韋駄天さんがおられ、
それを寄贈した人の名前が
鳥井信治郎 … サントリーの創始者である。
3度目のサントリー
5日に見た学研都市のサントリーは、
「サントリー ワールド リサーチセンター」なのだそうだ。
今日は、そのルーツの場所に引き寄せていただいた。
ありがとうございます。








