━不確かな未来を来るものだと信じて疑わずに生きる事と未来が来ない事を危惧しながら生きる事はどちらが哀しいだろう
嘗て世間を騒がせたノストラダムスの大予言を皆は覚えているだろうか
予言は当たらず、我々は安堵した
そして少なからず落胆した
世界が滅亡する可能性が先延ばしにされただけだと
破滅を恐れていた我々は世界の「とりあえずの」存続に胸を撫で下ろし、同時に肩透かしを食らったような気になったに違いない
生きる事に希望が見出せず、無気力にただ毎日を過ごしていた者は勿論の事、今を幸せだと感じて生きていた者さえも
━「終わり」が来る事を解っていながら我々は何故生きるのか?
いや、「終わり」があるからこそ生きる事が出来るとも言える
「終わり」は悲しい事などではない
哀しい事ではあっても
「終わり」を目指して生きる事は悲観的でも閉鎖的でもなく、時に「未来」を能動的に掴みにいく事でもあるのだ
我々はあの大予言を耳にしたときから、告げられた「終わり」に向かってゆく喜びさえ感じていたのかも知れない
嘗て世間を騒がせたノストラダムスの大予言を皆は覚えているだろうか
予言は当たらず、我々は安堵した
そして少なからず落胆した
世界が滅亡する可能性が先延ばしにされただけだと
破滅を恐れていた我々は世界の「とりあえずの」存続に胸を撫で下ろし、同時に肩透かしを食らったような気になったに違いない
生きる事に希望が見出せず、無気力にただ毎日を過ごしていた者は勿論の事、今を幸せだと感じて生きていた者さえも
━「終わり」が来る事を解っていながら我々は何故生きるのか?
いや、「終わり」があるからこそ生きる事が出来るとも言える
「終わり」は悲しい事などではない
哀しい事ではあっても
「終わり」を目指して生きる事は悲観的でも閉鎖的でもなく、時に「未来」を能動的に掴みにいく事でもあるのだ
我々はあの大予言を耳にしたときから、告げられた「終わり」に向かってゆく喜びさえ感じていたのかも知れない