2026年4月26日(日)
今回は『三重の山城ベスト50を歩く』の著書から1番の伊勢田辺城にある城の攻城です。
まずは伊勢田辺城です。
伊勢田辺城は木造具政の子、木造長政によって築かれた城です。「小牧・長久手の戦い」で織田信雄と羽柴秀吉が和睦したのちに、信雄よりこの地を与えられ、築城しました。
Ⅷ郭(広く削平されている)
Ⅶ郭とⅧ郭の間の横堀と土塁
Ⅶ郭北東側の横堀と土塁
Ⅶ郭(広く削平されている)
Ⅳ郭(屋敷跡)、Ⅴ郭、Ⅵ郭(水の手)は東海環状自動車道建設のため消失している。
大手口にある模擬門
現在は信楽とはそんなに近くはないがたぬきが守っている。
Ⅱ郭虎口(折坂虎口)
Ⅱ郭虎口の土橋
Ⅱ郭南西側の横堀(高さは約3m)
Ⅱ郭
Ⅲ郭虎口(平虎口)
Ⅲ郭北側の土塁
Ⅲ郭(屋敷跡)
主郭南西側の横堀(深さ約5m、幅13m)
主郭南西側の土塁
主郭南西側の虎口と土橋(平虎口))
主郭南角の横矢の掛かった櫓台
主郭南東側の横堀(深さ約4.5m)
主郭南東側の土塁
主郭南東側の虎口と土橋(平虎口)
主郭南東側の横堀外側の石積土塁
主郭北東側の横堀(高さは約4.5m、幅13m)
主郭北東側の土塁
主郭北角の横矢の掛かった櫓台
主郭北西側の横堀外側の石積土塁
主郭北西側の横堀(高さは約3.5m、幅10m)
主郭北西側の土塁
主郭北西側の虎口と土橋(平虎口)
主郭(東屋)
縄張りは広く主郭は方形で周囲を広く深い横堀に囲われている。また、角には横矢の掛かった櫓があったと推測できる。
東海環状自動車道建設のためⅣ郭(屋敷跡)、Ⅴ郭、Ⅵ郭(水の手)は消失していて全容がわからない。
Ⅶ郭、Ⅷ郭は広く削平されているが防御設備があまりなく、兵が一時的に駐留していた場所と推測する。
その2につづく




































