2020年11月29日(日)
『賤ヶ岳城』→『田上山城』 その1の続きです。
いよいよ賤ヶ岳城です。
賤ヶ岳城は一般には「賤ヶ岳砦」と呼ばれています。1583年(天正11年)に起きた織田信長の後継者争いである「賤ヶ岳の戦い」で羽柴秀吉方の陣城として利用された城ですが、じっさいにはこの合戦よりも前に存在していたと考えられています。合戦時の城将は桑山重晴、羽田長門守、浅野弥兵衛がつとめていました。
北西側にある堀切
北西側の堀切に架かる土橋
東側にある堀切(幅がないので堀切というより武者隠しか?)
北郭虎口付近の竪堀
城郭周囲の犬走り
主郭切岸の横矢
(切岸の勾配は約45°、高さ約5.5m 切岸が出っ張っていて横矢の構造になっている)
北郭東側の帯曲輪
北郭
北郭と主郭を隔てる堀
南郭
主郭と南郭の間の土塁
主郭
城からの眺望(山本山城)
城からの眺望(虎御前山城)
城からの眺望(小谷城-奥、大嶽砦-手前の高い山)
城からの眺望(余呉湖)
賤ヶ岳は眺望もよく、日曜日なので観光客やトレッキング客が大勢いました。
この中で何人が、ここが城だったことを知っているのだろうか・・・・?
残念なのは観光客のための整備で遺構が破壊されたり手を加えられてしまった箇所があることです。
それでも360°ぐるっと見渡すことができ、重要な拠点だっのがわかる。
もし、ここが佐久間盛政に落とされていたら、違った歴史になっていたんだろうな~と思いながら攻城していた。
その3につづく