白と黒の世界⑥ | SORAのブログ

白と黒の世界⑥

闇に隠れて見えていないかもしれないし見えていて見えない振りをしているのかも

しれない。人の欲望は108個あると聞いたけど、生きている以上欲望とは無限に近い。

それに人は欲があるから生きることができるのかも知れないと感じる。

もし、無欲に生きれているとしたら、生きることの価値をどう見つけ出せるのだろうか?

命の樹が私の心だとしたら、そこには多かったり少なかったり・・それぞれに

それぞれの数だけ枝があり実がなったりならなかったり、腐ってしまったり。

その欲望、憧れ、夢、憎しみ、悲しみ、悔しさ、喜び、それらの感情が枝であり

心の杖だとしたら、やっぱり少なからずとも人には欲望というものが必要だということになる。

ただ、その欲望に貧欲か強欲かということなんだろうけど、

それを計るものなど何もない。それが価値っていうものだろうから・・・

逆にいえばそれがあるから人は人らしく生きれるのかもしれない。

そういう意味ではやっぱり死の世界とは無なのかもしれない。

無からは何も生まれないし生むことが出来ない。

人は何かに寄りかかっていないと生きることが難しくて生きることの喜び楽しさを知ることが出来ないんだ。

生きていれば経験の果てに沢山の実を実らせていく、それはいつか綺麗な花を咲かせ

生きてきた証を残すのだろう。そしてその花にも終わりはある。

命の終わりと共に花も咲き散って行く。でもそこには沢山の花びらが、落ち葉が大きな木の樹が・・

残して行った跡が皆の心の中に思い出として残って行く。それがまた大事な人であればあるほど

その人の思い出が心の杖になる。そうして運命、宿命には終わりがなく世代を変えて生きていく。

そういう意味では無ではなく魂は存在して行くのかな、、。

やっぱり死の世界とは黒なのか白なのかはっきり出来ないね(^_-)-☆

でも確かなことは時空の世界が変わってしまったら、余計に見えにくく尊いものだから

見つけ出すことが大変なんだ。だから、人はまた輪廻の渦の中に飛び入って大事な人や関わってきた人たち

の周りにまた来てしまうんだろうね、私はここだよ!!って感じでさ。

きっと、本人も巡り会うときには記憶が消えてしまって前世なんて言葉でうまくひとまとめにされてるんだろうけど

www。でもそれでも会いたいんだろうな、自分を愛してくれた人たちに(*^_^*)