第159回『マタイによる福音書』5

『マタイ福音』については、元々何語で書かれていたのかが最も議論となる問題で、伝承では最初アラム語で書かれ、ギリシャ語へと翻訳されたとされている。しかし、『マタイによる福音書』がアラム語で書かれたなら、シリアなどでは他にもよく読まれた『ヘブライ人の福音書』などがあったにもかかわらず、『マタイによる福音書』だけがすぐに西方で受け入れられており、またギリシャ語の古い版を見ても、翻訳らしいことがわかる部分はほとんど見つけられていない。いまだにアラム語の『マタイによる福音書』は発見されていない。マタイがユダヤ人を対象として福音書を書いたとはいえ、福音書が書かれたころにはヘレニズム世界に住むユダヤ人の多くにとって、もっともなじみ深い言葉はギリシャ語であり、特にエジプトのアレクサンドリアのユダヤ人共同体は世界最大規模であった。例外がエルサレムであり、そこではさまざまな文化的背景を持つユダヤ人たちが暮らし、アラム語が共通語となっていたと考えられる。ユダヤ人対象に書くにしろ、あえてアラム語で書く積極的な理由を見つけることは難しい。そう考えると初めからギリシャ語で書かれたというほうがつじつまがあう。