『これでもいいのだ』/ジェーン・スー
"気を揉むにも体力と集中力が必要なのです。これがめっきり続かなくなる。よって、最高。"
"ちっちゃなプライドを防御するために「あのブドウは酸っぱいに違いない」と断じるのではなく、なにかが足りないと自分を責めるでもなく、「現時点では私の手には入らないあのブドウを、酸っぱいと感じる人もいるかもしれないし、甘いと感じる人もいるかもしれないし、いつか私の手に入るかもしれないし、入ったところで幸せになれるとも限らない」くらいにボンヤリとさせておくのだ。"
『伊丹十三の本』/伊丹十三
奥様に出張先から出した手紙がとても印象的だった。"どうかね?オジサンがいなくて淋しいかね?文句ばっかりいう人がいなくて淋しいかね。それとも案外どうっていうこともないかね。いやそれならそれでもよろしい。それが愛情がないということに直ちになるわけじゃない。"
『再び女たちよ!』/伊丹十三
"いっそ川の水をせきとめてみたら、という提案をした学者がいた。一室に閉じこもって、三日ばかりなにもしないでいる。新聞も読まない、ラジオも聞かない、テレヴィジョンも見ない。むろん本を読んだり、絵を描いたり、編み物をしてもいけない。人にも会わぬ。仕事のことも考えない。思わず電話の受話器に手がのびそうになるだろうが、ぐっとこらえる。こうして「雑多なものが流れて通る」のを完全に止めてしまって、川床の状態を仔細に調べてみること、つまり、自分の心と、しみじみ語りあってみること、それ以外に自分の心を知る法はない、というのである。"と前置きの上、夜明けにベッドの上で恋人と電話をする「川の底」がすきだった。
『自分たちよ!』/伊丹十三
"おまえの問題は本当の自分がうまく表現できない点にあるように見えるが、実はそうではなく、本当の問題は、表現すべき自分がほとんどない点にあるのではないのか。おまえは「自分がない」人間なのだ。自分がないから自分の尺度で自分を計ることができず、他人の目に映じる自分だけが自分を計る唯一の尺度となり、従って、おまえは際限なく人に好かれたいという病にとりつかれているわけで、このような生き方はおよそ現実的とはいえない。(中略)とりあえず、自分の惨めな姿を直視すること。幼児である自分を自覚し、いかにとりつくろうかを考えぬこと。自分が、自分の力で考えることも、判断することも、何かを作り出すこともできぬ幼い存在であることを知るべきなのではないかー(中略)そのような幼くて頼りない自分が、幼いながらも自分の力で立ち上がり、最初はほんとに取るに足らぬちっぽけなことしかできないでしょうが、それでもなんとか自分の力でなし遂げるのを温かく見守って、はげまし、慰めてやることです。あなたの中にあなたの幼児がいて、(中略)幼児が立ち上がった時、あなたは初めて自分が自分であることの充実感を得るでしょう。(中略)人間においては自分との関係はそのまま他者との関係に反映します。自分に出会わぬ人は他者と出会うわけもないのです。"
『ヨーロッパ退屈日記』/伊丹十三
カクテルの綴り方が素敵。"ミモザ"呑みたくなった!
あとがきも読みごたえたっぷりで、お世話になった人のエピソードや、その方への敬意の示しかたがお洒落で粋だなぁ。
✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄✄
最近のいろいろ
包装紙が可愛いチョコ
神田で食べた広島焼き
ずっと食べてみたかった玉子もやし炒めをクレープみたいに包んで食べるやつ








