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女子高生が自宅の中庭で倒れているのが発見された。
母親は言葉を詰まらせる。
「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」

これは事故か、自殺か。

母の手記と娘の回想によって、
同じシーンをそれぞれの立場から綴った物語。



どちらのどこまでが本当なの...?と。

自分が良いように解釈し、
その事実と異なる事柄が、気がつけば、自分の中の真実としてインプットされてしまう。うん、良くある話し。

私の弟も4~5歳のとき虚言癖?現実逃避?みたいなことを言う時があった。

私は小学生なのにダンスの仕事が忙しく、母は私につきっきり。
その間、弟は祖母とずっと一緒にいて。

その日も私と母が夜帰ると、弟が
「今日は、ばぁばと、はとバスに乗って東京タワーに行ったんだ!とっても楽しかった~」と。

それはまったくのウソなんだけど、本人は本当に行ったつもりになってて...
なんだか、伝えられない寂しさがあるんだなぁと、私も母もすごくハッとした記憶がある。



経験がないので私は「子」の立場しか分からないけれど、
子どもを産んだら「母」にはなるが、
全員がすぐに「親」になれるわけではないのかもね。

私の母親は、一人暮らしもしたことがなく、お恥ずかしいことに炊飯器の使い方も知らないまま、若いうちに私を産んだらしく。

大切に愛情いっぱい育ててきてもらった!と胸を張って言えるけど、
子どもながら、あーーお母さん成長したなぁと思う瞬間がたくさんあったようにも思う。
一緒に成長してきたな、と思う。

そんな感覚が小さい頃からあるから、
「お母さん」というよりかは、
一人の人間同士としてずっと生きてきた気がする。

みんな一人一人違う人間なんだから、
思うようにいかなくて当たり前!
と思うのは、そんな母親の影響だと思う。



【母性】を読むと、
親も元々は子なわけだし、
すぐに親になれないってこともあるだろうなぁと思わされる。
でも子は、当たり前のように親からの愛を求めるものだなぁとも。

親も子も一人の人間なんだもの。
すれ違いも、想いの受け取り違いも起こるんでしょう。

そんな中で、
名前を呼んであげること
抱きしめること
って当たり前だけど、とっても大切だね。

それは、親子間だけではなく、
友だちにだって、好きな人にだって、
今関わる全ての人に通じることだと思う。

ないものをいくら求めても仕方がない。
与えると決めてみれば、みえてくるものがきっとあるはずだと思う。

どんな時も、どんなことに対しても、
まずは自分が恐がらず愛することからはじめたい!

な、一冊です。



追伸: 名前を呼ぶ。といえば、
私はお腹をすぐ壊す子どもで、両親から、ピーちゃんと呼ばれていました。
ただそれだけの話なんだけど、
家族間でのあだ名って意外とみんなあるみたいで、それを聞くのがとっても好き!

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29年前の母とわたし。