武家屋敷に行きたい | お母さん、ときどき、ママ

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完全なる自己満の日記なので、2017年は非公開に決定!

今だ幕末あんど島津ブームなわたし。

唐突に「知覧の武家屋敷にいきたい」 

行きたくなったら行きたいのじゃー!!!

子ども達はそれぞれに、「水族館にいきたい」とか「科学館にいきたい」だとか言っておったが腰のあがらない私に見かねて夫が鶴の一声を言い放つ。

「今日は武家屋敷にいこう」

やったーーー!!!!*\(^o^)/*


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鹿児島市内から約一時間かけて到着。


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やばたん。カッコイイ!!!



知覧の武家屋敷とは、
(以下、コピペ)

島津家のお膝元であり、西郷隆盛や小松帯刀、天璋院篤姫ゆかりの地として知られる薩摩は、総人口に対する武士の比率が大変高い(1871年(明治4年)の人口比で26%)土地であったという。藩は、領内を区分けして武士を分散させて居住させ、軍事的な拠点を複数作ると共に農民や漁民を効率的に支配していた。その仕組みを、藩主の居城(内城)に対して外城(とじょう)と呼び、外城内に住む領民は有事の際、領主や地頭の指揮下で戦さに参加することになっていた。それぞれの外城の領民がそれぞれの外城を守り、それぞれの外城が内城を守る役割を担っていたのである。このような外城は「麓」とも呼ばれ、現在もその面影の残る「出水麓」、「入来麓」を始めとして藩内に数多く存在していた。

そんな外城の一つが薩摩半島の南にある知覧に残っている。整然とした美しい町並み、母ヶ岳の優雅な姿を借景に取り入れた武家屋敷の庭園の佇まいが、別名「薩摩の小京都」とも言われる美しい武家町である。




↑だそうです。  


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それでは、江戸時代を感じれる数少ない武家町にいってまいる~(((o(*゚▽゚*)o)))


と、その前に腹が減っては戦ができぬ。
食事からにしよう。

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武家屋敷通りに入ってすぐ、十割そばの古民家発見。

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おじいちゃんおばあちゃん家のような佇まい。

座布団に石油ストーブ。

なんだか懐かしさすら感じます。


ペロっと平らげて、桜島こみかんまでもらっちやいました。


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てへ♡美味しかった♪




さて!
探索に参りますか( ^ω^ )



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順路が書いてありますが、なんと私たちがおります場所がちょうど中間地点!

今回は、半分だけ見て回ることにしました。


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ちゃんと歩いてね~~

あ、そうそう。今回は姉妹はお着物着せてきました。武家屋敷だし。江戸時代気分味わいたいし。


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7つある庭園のうち、今回見れたのは4つ。

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それぞれの庭園に個性があって、見応え充分!


市内に住んでいると、なかなか庭園をみる機会ってないから子ども達も興味津々!


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ふふ。
お着物着てると江戸時代にタイムスリップしたみたいね(^^)


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うめも咲きかけてました。


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よくわからない、神様?もいました。



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こんな提灯もありました!
素敵!!!