ショートショート「不老不死」 | ごーすとタウン

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整えたい。


「やった! 遂に完成したぞ」

若き天才科学者ズコット君は、研究室で一人満面の笑みを浮かべた。
小瓶の中に満たされたエメラルドグリーン色の液体。
それは不老不死の妙薬だった。
だが、しかし。
ズコット君の表情が曇る。
理論は完璧。これを飲めば間違いなく不老不死になる。
しかし、物が物だけに人間では臨床例を取っていないから、どんな副作用が発生するか判然としないのだ。
出来れば第3者に飲ませてみたいが、安全な薬だと判明するまでは公にはしたくなかった。騙して飲ますのも気がひけるし、先ず罪に問われるだろう。それに性格や素行に問題のある人物に迂闊に飲ませて、やたら不老不死にする訳にはいかない。トラブルの元だ。
ここはやはり自分が服用するしかなさそうだ。
ズコット君は意を決して妙薬25ml を、ゴクリと一口で飲み干した。
炭酸含みのそばつゆの味がしたが、まあ飲めない事はなかった。

「これで私は不老不死になった筈だ」

シュン!

不意に空間が歪んだ。

「えっ⁉」

ぽっかり空いた穴の中から、何か見えない巨大な手のような物が現れ、ズコット君をむんずと掴むと、そのままスーッと引いて行く。

「うわわっ⁉」

穴の中に引きずり込まれたズコット君だが、直ぐに外に出ることが出来た。
あちら側へ。

「・・・ここは?」

深く白い靄に包まれていて、殆んど何も見えない空間の中に彼は居た。

「何処なんだ?」

「仙人界」

「うぇっ⁉」

(・・・誰が答えたんだ? 仙人界って何だ?)

ズコット君が戸惑っていると。
スーっと靄が晴れて、辺りの景色が次第に見渡せる様になってきた。
そこは広大な地だが、いたる所に崖があり、彼はその崖下にポツンと立ち尽くしていた。
崖の上には、各々幾人かの人の姿があり、静かにズコット君を見下ろしている。

「ねえ、ちょっと!」

ズコット君は叫び声で訴えた。

「ここは何処なんですか? あなた方は誰なんですか? 教えて下さい! ねえ!」

「大声を出さずとも良い。思うだけで通じる。我々にはそれが可能なのだ」

静かな声が遮った。かなり遠くの距離から放たれた筈のそれは、まるですぐ隣から聞こえてくるかの様だった。
一団の中で一際背の高い年老いた男が、ゆっくりと右手をあげた。

「ようこそ。仙人界へ」

「あの、だから、仙人界って一体何なんですか?」

「不老不死の人間が集う世界」

「じゃあ、実験は成功したんですね? 今、私は不老不死の状態なのですね?」

ズコット君は少し感動した。しかし、この状況は全然理解出来ない。

「で、でも、何で私が仙人界なんぞに連れて来られたんですか? 元の世界に帰して下さい!」

「それは、ならぬ」

無情な宣告が厳かに下された。

「生きながらにして不老不死の肉体を持つ者は、すなわち常人ではない。通常の人間界のバランスを狂わす存在なのだ。お前はもはや、元いた世界には戻れぬ身だ。観念するしかない」

「そ、そんな・・・」


こうしてズコック君は、不老不死の人間達が集う世界の住人となってしまった。
あの後、ズコック君を出迎えた他の住人達は、話が終わると波が引く様にスーっと姿を消してしまい、彼は一人取り残されて途方に暮れたが、直ぐに一軒の古びた廃屋を見付けて、一旦そこに落ち着いた。
暫く過ごしたが、一向に誰も姿を現さないし、何も起こらない。

「そろそろ探索でもしてみるか。腹も減ったし」

不老不死でも空腹は感じるらしい。
ちょっと歩くと川が流れていて、先ず喉は潤せた。少しハッカっぽい味はしたが。

「神様じゃあるまいし、お腹も空くんだよ!」

しかし、その後も色々さ迷い歩いたズコック君だったが、倒れたりはしなかった。
どうやら川の水さえ飲めば、それが元気の源になるらしい。

「でも味気ないよな」

このまま何の彩りもない毎日が未来永劫続いていくのだろうか。
ズコット君はゾッとした。

(・・・死んだ方がましだ)

「あっ、そうか!」

ズコット君は気付いた。

(今度は不老不死にならない薬を作ればいいのだ)

彼の挑戦は続く。