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志布志入港中、皆で会食です。

しかし、台風が接近しており、この夜ロープが一本切れてしまいました。


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船食(船に食料を配達してくれる業者さん)が、サービスにくれたキビナゴのお刺身。

酢味噌で食べるのですが、こんなにおいしいものとは知らなかった。


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14日に、志布志での荷物を揚げ終わる予定なのですが、台風はその後日本に上陸しそう。

自分の船は、ロープ一本切れただけで済みましたが、隣に着いていた船は3本切れて、翌朝沖に避難したそうです。

自分も沖に出すか判断を迫られたのですが、台風が一旦北に上がるので、うねりは翌朝弱くなるとみて、もう1日岸壁に居て志布志分を揚げ切ってから避難することにしました。


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夜通しでロープ当直体制を取り、夜中自分もデッキや岸壁に出て、どれを巻けとか緩めろとか指示を出し、なんとか翌朝まで持ちこたえました。

予想通り、翌朝は少しうねりも弱くなり、夜無事に荷物を揚げ切ることが出来た。

すぐに出港して、瀬戸内海の周防灘(「すおうなだ」山口県と大分県の間)を目指す。


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豊後水道の北で、内航船時代に知った懐かしい船名がレーダーに映りました。


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「竹原丸」、総トン数1,498トン。

とても美しい形をしたセメント船。


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避難予定地点に着きました。

船を風に対し横向きにして、錨を海底にがっちり食い込ませます。


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避難してきた船で、周防灘はびっちり。


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宇部興産の、大型内航セメント船も来た。

ここら辺の海域は、お手のものでしょう。


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9月17日。

テレビ、パソコン、ありとあらゆる情報源から台風の動静をキャッチ。

どうやら最接近は、今日午後のようだ。

「飯ものどを通らない」という言葉があるが、文字通り心配で昼食を食べることができなかった。


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14時、台風の中心は、宮崎県の沖。

暴風域に入ったようで、風力8となる。

このまま北北東に直進されたら、直撃だ。


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15時、いまだに風力8、針路は北北東。


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16時前、風が弱くなったような気がして、ブリッジに上がると、風力が7に落ちていた。

針路を急速に東に変えたようだ。

「なんとか乗り切ったぞ」と、急速にくつろいだ気分になりました。


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虹も「お疲れさまでした」と言っているよう。