2026年5月5日FB投稿記事より
今日は5日子供の日ですね!如何おすごしでしょうか?良いお天気で気分も爽快です。
今月は「ドラマで読む法華経」第三回方便品第二を数回に分けてお話し致します。今回はその一です。
その時歴史が動いた・・・
お釈迦様が立ち上がられた瞬間、霊鷲山は水を打ったように静まり、大衆の目と耳と心はお釈迦様一点に注がれました。ほとんどが、お釈迦様に何十年と随ってきたお弟子や信者さんたちです。ついさっき法華経ドラマにやってきた私たちとはその眼差しの強さが違います。彼らはいつも、お釈迦様を頼りとして生きてきたのです。どんな悩みをも解決してくれる世に尊き人。人々はお釈迦様のことを「世尊」と親しみ込めて呼び、生きる道を問うてきました。その都度お釈迦様は、悩みに寄り添い、解決へと導く教えを説いてきたのです。お釈迦様が七十歳を過ぎた頃。それは、霊鷲山であの不思議な現象が起こる少し前の話です。お釈迦様が霊鷲山で「無量義経」*①というお説法をされました。
その時、お釈迦様はみんなの前でとても大切なことを告げたのでした。
「今まで四十数年、みんなに説いてきた多くの教えは、私が本当に言いたい真実を説き尽くしてはいません!」
「実はまだ説いていないただ一つの真実の法があるのです!」そう告げた後、静かに座りこんだまま法華経のドラマは幕を開けたのでした。これまでお釈迦様の教えを守り、修行を完成したと思っていたお弟子たちや、幸せを手に入れていた人々は、お釈迦様の言葉に驚きを隠せませんでした。だからこそ大衆は、お釈迦様がこれから語ろうとしている「ただ一つの真実の法」その言葉を待ったのです。あの時、その瞬間から仏教の真実の歴史は動き出したのです。
エリート集団の衝撃・・・
おもむろに立ち上がられたお釈迦様は、神妙な面持ちで目の前のお弟子たちのリーダーであった舎利弗さん*②に語り出されました。「私が悟ったただ一つの真実の法とは、甚だ奥深いものです」「一番智慧の優れた舎利弗さん、あなたでも到底理解はできないでしょう」意外にもこれが、お釈迦様の法華経の第一声でした。この第一声は舎利弗さん一人に告げられた言葉でしたが、次第に弟子の仲間たちにも波及し、衝撃が走ります。「あの舎利弗が落第点か…」何しろ彼らは真剣にお釈迦様の教え聞き、修行して来た者たちでした。お弟子たちの中でも特に秀才で、・「声聞」(お釈迦様の声をよく聞く者)・「縁覚」(自然界の事実から本質を覚る者)*③と呼ばれ、人々から尊敬されていたのです。
彼らは仏教の二大エリート集団、」その名も「二乗」*④と地位を築いていました。しかし、優秀なエリート「二条」たちは共通する癖があります。それは自分の悟りのみにこだわること。向上心をもって修行に励むことは素晴らしいことです。ですが優秀であるが故に、自己中心的な修行の穴に落ち込んでいたのです。お釈迦様はあえて厳しい言葉で、修行の穴に落ちこんだ彼らを救おうとされました。これがお釈迦様の巧みな手法なのです。真実へと導くための手段、これを「方便」といいます。効果は覿面(てきめん)でした。
舎利弗の懇願・・・
お経には次のような文言で表現されています。
「合掌し敬心を以て具足の道を聞きたてまつらんと欲す」
(訳)多くの弟子たちはお釈迦様に合掌し、敬いの心をもって、真実の教えを聞かせて欲しいと請い願った。
お釈迦様から落第点を突き付けられた舎利弗さん。その後、お釈迦様と舎利弗さんは白熱した問答を繰り広げます。
昔から「三止三請」*⑤と呼ばれた名場面です。
舎利弗は懇願しました。「お釈迦様!どうか…私たちに真実の法を説いて下さい」お釈迦様は微塵も動じません。
「止めましょう。舎利弗さん、説いてもむなしい…」そんなやり取りが二度。二人とも一歩も譲りません。
「お釈迦様は舎利弗さんのことが嫌いなの?」と皆さんは思うかもしれませんね。でもそうではありません。
舎利弗さんは、お釈迦様の仰せの通り真面目に修行を積み重ねてきた方。彼らエリートのお弟子たち「二乗」は、ほぼ
欲を断じて尽くしてきた聖者でした。しかしそれは、お釈迦様の教えのゴールではなかったのです。ゴールしたい思い込んだ弟子たち「二乗」の心を打ち破り、も一度やる気にさせる。お釈迦様のお言葉はいつも的確です。
相手の状況や心情をしっかり見つめ、慈悲に裏付けられた言葉でからです。舎利弗は迫ります。「ただお釈迦様を信じます!」二度懇願したときです。お釈迦様は、」微笑を浮かべて頷きました。
*①無量義経(むりょうぎきょう)・・・お釈迦様が「妙法蓮華経(法華経)」を説く直前に、その導入として霊鷲山で説かれたとされる全一巻の経典で、法華経「開経(序論)」とされ、数限りない意味(無量義)を持つ教えが、真の理(無相)から出ていることを説いています。
*②舎利弗(しゃりほつ)・・・お釈迦様の十大弟子の一人で、特に「智慧第一」と称される最高の実力者です。
*③声聞・縁覚(しょうもん・えんかく)とは仏教における自身の解脱(悟り)を目指す修行者やその境涯を指す言葉です。
*④二乗(にじょう)とは・・・お釈迦様の教えを聞いて悟る(声聞)と、自然の理から自ら悟る(縁覚)という、自己の悟りのみを追求する二つの修行者の置かれている立場、境遇等を指します。
*⑤三止三請(さんしさんしょう)・・・法華経方便品において、お釈迦様が真実の教えを説くのを三度止め、舎利弗が三度説法を懇願したやりとりの事を言います。
本日も最後までお読みいただきありがとうございました。
ご縁に感謝 合掌