【近・自】俺は山岳王になるっ!(←無理)
mixiで宮尾岳先生(アオバ自転車店の作者)が日記でマルコ・パンターニ選手について書かれていました。
アオバでも名前が出ていて、前から気になっていた人物なので検索してみました![]()
マルコ・パンターニ(Marco Pantani、1970年1月13日 - 2004年2月14日)はイタリア・チェゼナーティコ出身のプロロードレースの選手。享年34。
1998年にジロ・デ・イタリア、ツール・ド・フランスの2大ステージレースで個人総合優勝したことなどで日本でも有名である。
プロ通算36勝を挙げ、スキンヘッドにヒゲをたくわえた個性的な容貌やレースに対する求道的な姿勢から「海賊 (il Pirata)」「走る哲学者」といった愛称で呼ばれたイタリアのヒーローであった。登坂を得意とするクライマーの代表的な選手としても知られる。
~中略~
2001年にはドーピング疑惑が再燃。本人は一貫して薬物の使用を否定するも、UCIから2003年3月までのレース出場停止処分を受けることになった。
出場停止処分が明けた2003年のジロ・デ・イタリアでは、総合14位に入り、ツール・ド・フランスへの出場にも意欲を見せたが、突如チームメイトたちの前から姿を消す。
結局この年は再びレースに参加することはなかった。
そしてパンターニがメンタルクリニックに通っている、夜中に道で泣いているといった報道が切れ切れにされるなか、2004年2月9日、イタリア北東部の小さな街・リミニのホテル「Le Rose」にチェックイン。
5階にあるたった28平方メートルの5-D号室に閉じこもり、どこにも外出しないまま2月14日の夜9時30分、床に倒れて死亡しているのを発見された。
当初は死因不明の自殺とされていたが、調査の結果、コカイン中毒により脳と肺に水腫ができていることが判明。コカインの常用によるオーバードーズが原因で死亡したと発表された。
自転車競技界からは才能を、家族からは財産を搾り取られ、マスコミに追い立てられて神経衰弱とコカインに蝕まれた挙げ句、頼れるものもなく孤独な死を遂げた悲劇のヒーローとも言える彼の死は大きな波紋を呼び、生まれ故郷のチェゼナーティコで営まれた葬儀には数千人が参列した。
現在もイタリアで彼の人気は絶大であり、ジロ・デ・イタリアでは、2004年から「チマ・パンターニ(パンターニの山)」を設定。彼に縁の深い山をコースに組み込むようになっているほか、コース途中などに彼の功績をたたえる像やイラスト、横断幕などが多数設置されている。
また、チェゼナーティコでは、彼の名を冠したレース「メモリアル・パンターニ」が2004年から毎年開催されている。
~Wikipediaより抜粋~
だ~
なんて寂しい最後なんだ![]()
![]()
しかも、享年34歳。今のsonakiと同じ・・・
そしてお亡くなりになった日は今日から五日前の2月14日。
遅ればせながら、マルコ・パンターニ選手のご冥福をお祈りいたします。
今日のトレーニング
今日は軽いジョギングでした![]()
距離:約8㌔ 時間:1時間14分
体重:80.0㌔ 体脂肪率:26.9% LBM:35.1kg/m
今日は少し暖かかったです![]()
![]()
