わたしが集中できるとき、
そこには必ず空間があります。
音のない空間(ばしょ)。
わたしは、集中したいとき
音のない ばしょ をさがします。
そこが 机と椅子があり
寒くもなく暑くもない空間だとしたら、
どんなに喜び、幸せだ。最適だ。
そう感じるでしょうか。
他人が発する音に過敏になってしまう為、
予め、音のない ば を求めます。
なかなか、見付かりませんがね。
わたしは 性格ゆえに、
集中し出すと途切れるまで
それは止まりません。
どっぷり浸かります。
ひたすら それに没頭しています。
わたしが集中しているとき、
生き生きし、ピョンピョンと、
身体の細胞全体で喜びを感じます。
しかし、それが "ぷつんっ"。
途切れてしまったとき、
次に 喜び、没頭するまでは
たいそう 時間がかかるのです。
訓練しなくてはいけません。
わたしの大切にしたいと思うもの。
『時間と余裕と言葉』
兄は言います。
時間と余裕さえあれば、
己の行動言動 明確になる。
やりたいこと。
やらなきゃいけないこと。
やるべきこと。
自分、他人、社会。
『無駄に生きるな、熱く死ね』
わたしは、何かを
やり抜いた!!やってやった!!
という達成感を心底感じ、喜んだということがありません。
それは 今までの生き方で、自分の楽なように"こなしてきた"。
ただそれだけだからです。
そこから 一歩抜け出て、
自ら気付き 高まらない限りは ずっと
その感覚は続くでしょう。
そこから生まれる『虚無感』。
ずっとわたしの周りにいてしまう。
要らない。いらない。
人のせいにするのはもう やめろ。
自分で決めて、やり通せ。
自分で選び、自分で決めろ。
そして、そこに責任を持て。
自由とは、楽に手に入るものじゃない。そんなのは"一番の不自由だ"。
乗り越えた先に本物の自由が待っている。
大丈夫、大丈夫だから。
心地好い空間を求めて、
わたしは前に進み続けます。
thank you.
xxx ♥ as
