50代の初めに、歴史系博物館の研究職から管理職(教頭)として学校現場に戻され、退職までの7・8年「本意でない時間」を過ごした。中間管理職の悲哀を味わった。

(渡良瀬遊水地、谷中湖を望む)

 そういう時、心休まったことの一つに、山歩きがある。家に近い足利山塊の低山歩きやテント泊での尾瀬散策、八ヶ岳・北アルプスなどの本格登山がそれで、忙しい時ほど頻繁に通った。奥日光の白根山もその一つで、テント泊のために中禅寺湖に面する菖蒲浜キャンプ場に泊まった。そこではカヌー遊びも行われており、さっそく折り畳み式のカヤックを買って、夏には家族で出かけることになった。家のそばの渡良瀬遊水地でもそれをやった。

(中禅寺湖畔の菖蒲浜キャンプ場でのカヤック遊び、2010年秋)

(同上)

 コロナ以後、外出が億劫になり、ここ5・6年やっていなかったが、昨日、久しぶりにの渡良瀬遊水地に自生している桑の実を採ってきて、ジャム作りをやってみた。古河二高の教頭の時、事務長さんに誘われて採りに行き、始めたものである。

(渡良瀬遊水地遠景、向うは谷中湖。葦原が広がる)

(葦は野焼き後の2か月で2メートルにも伸びる)

 ここは一面の葦原であり、6月に入るとその丈も2メートル近くなる。栃木や群馬県側に抜ける細道も、曲がり角では先が見えず、車で行くのに難儀するようになるが、その時期に、道路わきの桑の木が黒紫色の立派な実をつける。6月初めが収穫の最適時であり、コロナの前までは桑の実採りが私の毎年の行事になっていた。

(道の両脇に自生する桑の木。桑の木ロードになっている)

(成熟して黒紫の実が鈴なりに生っている)

(道端に実を落とした桑の実)

(桑の実の採り方は簡単で、桑の木の下にビニール傘を開き、もう1本の傘の柄で枝を揺らし、落とすだけ)

(これを3・4か所でやればもう十分な量が採れる)

(レジ袋に入れる。1kgほどになった。これで十分)

 

 採った桑の実をレジ袋に入れ、家に持ち帰ってさっそくジャム作りをやってみた。

 

(ボールに移し、葉や小枝、ゴミを取り除く)

(水を入れて洗い、さらにゴミや汚れを取り除く)

(ミキサーに入れる。身に付いている茎の部分はそのままで大丈夫)

(ペースト状になるまでミキサーを回す)

(鍋に移す)

(実の半分の重さの砂糖を入れる。この場合実が1キロだったので、砂糖500グラムだった。そのまま中弱火で煮ていく)

(途中でレモン果汁を入れる。実1キロの場合は大さじ4の割合)

(煮ていくとアクが出て来るので、取り除く)

(中弱火で30分ほど煮詰める。とろみが出てきたら、少し水分が残っている程度で火を止める。冷めるとちょうどよいジャム状になる)

(容器はガラス瓶を使い、沸騰した鍋の中で5分ほど煮沸消毒し、その後水気を切っておく)

(鍋のジャムの粗熱が取れたら、瓶に移して完成。完全に冷めたら冷蔵庫に入れて保存する。1か月程度は持つ)

(ヨーグルトに入れて食べる)

 山登りなど自然に触れていると自ずと心は回復してくる。ただ、桑の実採りなど野生のものを獲って来るのは、なにかまた一つ違う感覚を持つ。大げさに言うと、狩猟・採集の縄文時代の生活に触れたような感じである。自然の恵みを獲るのは、内なる本能を自覚させてくれる。

 

 6月初旬を過ぎれば、爽やかだった皐月の季節も終わり、梅雨に入る。桑の実採りももう終わりである。