私の母は典型的な職業婦人だった。しかし
どんなに家族のために働いても、父にはそれが
評価されなかった。男尊女卑の古い価値観に
捕らわれていた父は、常に男が偉いと、勘違いしていて、私たちはよく父に罵倒されていた。
私が結婚に対して、幻滅を感じていたのは、
こんな家庭環境によるところが大きい。
ある程度の経済力がないと、こんな理不尽な扱いを受けるのだと、痛感して、私は絶対に結婚などしない。仕事で生きると誓った
学生時代。女性の社会的地位や権利を求めて、
戦う女性運動家が次々に出現。それに大いに感化されたのである。
その後に出会った人は、専業主婦だった母親に育てられたからか、私が働くことを快くは思わずに、よく仕事を辞めて欲しいと言われたが、私は女が働くのは当たり前という環境に
育ったし、家事だけをすることに満足出来ない
性格だったから、その思いに反して、仕事だけは続けてきた。故に男性には依存しない強い
女と思われがちで、結局一度も結婚出来ない
ままに、現在に至っている。それは私自身の
決断の結果ではあるが、人生は順風満帆には
いかないから、生きる目的や価値観が同じ
人だったなら、結婚という選択をしても良かったのではないかと、思う瞬間はある。誰かと共に暮らすことは、一緒に食事をしたり、時にはたわいないことを語り合う等、ごく普通のことを繰り返すことで、それが普通の暮らしであるが、私は家庭というものが、必ずしも夫婦が平
等ではなくて、経済力がある者が権力を持つ
所である現実が否めないので、彼のように女性が働かなくても、暮らせるとは思えなかったのだ。
人生には何が起きるかわからないし、仕事だって、いつ失われるのか予想が出来ないという
思いが払拭出来なかったからでもある。
特に私が育った家庭では、両親が共稼ぎをしなければ、生活が成り立ちなかったので、専業主婦としての生き方なだ、全く考えられなかった。様々な理由で、彼とは結婚出来ずに、別れるに至り、それ以降会うことはないが、昨年
ある老健施設で、彼が亡くなったことを知り、
もし彼と交際していた頃に、結婚という道を
選択していたなら、どんな人生だったかを、
想像することはある。もう彼とは二度と会えなくなった今彼との結婚を選択しなかったことが
良かったのかどうかは、正直わからない。
ただ仕事を優先して生きてきたが故に、失ったことや得られなかったものはあり、その代償の
大きさに戸惑う瞬間はある。人生には答えはないし、現在の状態は、過去の選択の反映である。結婚が女としての幸福であるとするならば、仕事のために、それを得ることが出来ずに、今でも悔いるのである。