定年前に会社を辞めた時には、その後の

人生設計は考えていなかった。昔から、

細かいことを考えるのが苦手だったし、

数学が嫌いだから、数字で物が考えられなかった。起業することになろうとは思ってもみなかったし、辞めた会社では、非正規だった故に、

意図的に福利厚生の対象から除外され、退職金はおろか雇用保険すらかけてはくれなかったので、とにかく何か仕事をしなければならない。

経済的なゆとりは全くなかったから、ビジネスを学ぶことが出来なかったのだ。


私には子供の頃かられ物書きになりたいという

夢があり、25年以上も地元にある文芸サークルで活動していた。その目的はいつか自分の本を

作ること。だからあえて次の就職先は決めなかった。元々不器用だから、多くのことを同時にこなせないのだ。それに辞めた会社においては、早朝勤務だったので、昼間は時間が十分にあり、その間にいくつか原稿を書き貯めていた

それで今こそ、ずっと抱き続けてきた自らの

本を作るという夢の一つを実現させる時だと

判断した私は、その原稿を某印刷会社に持ち込んだ。所属していた文芸サークルの同人誌の

制作を長いこと行っていたから、本を出すことに慣れていると思ったからだ。こうして処女作であるエッセー集は生まれた。それが完成した

時は、夢の一つが叶えられて、嬉しかったものだ。しかし私はその時に、大事なことを見落としていた。出来上がったばかりの本をどう販売

するかを、考えていなかったのである。そこから自然な形で、起業に導かれた。


会社にいた頃は季節限定だが、営業経験はあったものの、それをメインに仕事をしたことがない。それに先に示したように、私は数字が苦手

営業で重要なのは、売上目標を立て、それを

実現するには、具体的にどうするかを考案し、

細かく数値目標を立てて、実行することである。しかし私はそんな発想で生きてきたことはないし、オンラインでビジネスを学んでも、

そこで語られるビジネス用語例えばブランデングとかマーケティングという言葉自体を知らないので、本当に困惑した。また認知を広げる

ために、顔出しをするように言われたが、これにもとても抵抗があった。一時期覆面作家という言葉を、新聞などで見つけたので、素性が

わからない覆面作家として、売り出すことも

考えた。そうすれば顔出しをしなくても済む

からだ。とにかくビジネスにおいては、数字で

判断されるし、会社勤めとは、全く違う発想で

仕事をしなくてはならない。また差別化を図るために、ある程度の自己アピールが必要でもあり、イメージ作りとか、宣伝などの経験がない故に、どう人々に私を印象付けるかを、ずいぶんと思い悩んだ。ベテランの営業マンからは、

営業とは自分を売ることだと教わったが、しばらくその意味も知らなかった。起業とは全く

何もない所から、何かを生み出すことでも

あると知り、それは経済的なことをも含む

現実である。会社勤めが長かった私には、

これが最も苦慮した点である。宣伝や商品の

見せ方一つで、売上が左右されるのが、厳しい

ビジネスの世界。そこで戦い、勝利を得るには他とは違うことをする必要があり、それを

実現するには、戦略を立てる必要があるが、

私はそれも得意ではなかった。ビジネス塾の

講師は起業家には、メンターが必要だと指摘するが、私が住む町は田舎で、特にビジネス界に

おいては、横の繋がりが希薄で、自分さえ、

儲かれば良いという者が多かったし、地元には

ビジネスコミュニティもないので、なかなか

メンターは見つからなかった。それにコンサルタントをつければ、法外なコンサル料を請求

されるし、私が住む町には、それを生業とする

者は皆無だった。こんな悪条件のもとで、私は

起業し、細々ながらも仕事を続けてきた。


最終目標である全国展開がいつ実現出来るのかは予想すら出来ないが、その目標を達成すべく

これからも地道に自分らしく仕事をするだけだ


仕事でのお悩み

 

 

 

 

 

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