幼い頃から、余り友人は出来なかった。

幼稚園も、入院生活をしていたので、半年しか

通っていない。当時暮らしてたのは、木造の

長屋。雨が降れば、雨漏りはするし、屋根裏

ではネズミが徘徊していたので、それを駆除

するために、長天をぶら下げた針金を組み合わせたような籠を置いていると、いつもそこにはネズミが入っていたものだ。

私が暮らしていた界隈では、まだ各々の家には

水道がなく、水道小屋があり、そこを共同で

使っていた。時には納税すら出来ないほど、

貧しかったが、その界隈に住んでいたのは

貧しい労働者とその家族だったので、惨めに

感じたことはない。


高校に入り、父は友人に誘われて、町の高台に土地を買い、家を建てた。それまでは借家  住まいで、自分たちの家を持ちたいと、切望

していた母はその願いが叶い、とても喜んだが、その数年後に弟が、難病に侵されるように

なろうとは想像してはいなかっただろう。

マイホームを建てたことにより、それまで頻繁に我が家を訪れていた父の友人らは、全く   来なくなり、近所は知らない人々だらけという

環境で、私たちの新しい暮らしが始まった

ものの、病魔は弟を襲い、私たちは苦境に、 落とされた。


誰にも真実が語れずに、苦悩していた時に、

ある広告が目についた。現在私が信徒として

在籍している町で、最も古い教会で英会話教室の生徒を募集する内容だった。英語が好き

だった私は、その広告に注目し、親に隠れて

その教会を訪れた。そこで初めて後に恩師と

なる牧師に会ったが、その時の光景は、今でも

鮮明に覚えている。優しい瞳で私の話を聞いて

くれ、聖書を読むように勧めて下さった。

もしその出会いもなかったら、私はクリスチャンにはならなかっただろう。友もなく、辛かった私の心に、明かりが灯されたような慈愛に

満ちたその隣人愛に支えられ、救われて、私は

信仰の道に入った。


2年ほど前に、その牧師はガンのために、この

世の旅を終えて、天に召されたが、私の所属

教会が設立されてから、130年周年の記念礼拝に、ご家族でそこを訪れ、共に祈り、お交わりが出来たのは、何よりも神の導きとお恵みで

ある。それが私が密かに第2の父と慕うその

牧師に会った最後になってしまったし、

恩返しらしきことも出来なかったが、その

魂の平安を祈ることで、感謝の念を伝え続けている。

恩返ししたこと

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する