高校卒業してから、比較的に肉体労働の
現場が長かった私。些細なミスが、事故や
ゲガに繋がるために、朝から、大声が飛び交う
時間に追われての作業。仕事に慣れないうちは
上司ら先輩からは、怒鳴られる。
私はそこで、働くことの厳しさを痛感した。
それから数十年、最後に勤めた会社でも、肉体労働しかも早朝勤務。
冬は夜明け前に、出勤。誰もが仕事を始める
頃に、仕事を終えて、帰宅するという
シフト勤務。
障害者雇用もしていた会社だったから、
周囲との関係を築くのは、団体行動が
苦手な私には、容易ではなかった。
昔交際してた人と、ある夜言葉について、
論争したことがあった。
彼は言葉は言葉だと、主張。私は人の心は
言葉を通して、伝わるものだと、お互い
頑固だから、譲らない。その夜は、平行線を
たどり、結論は出なかった。
しかし後年彼は、その心は言葉以外でも、
表現出来るという意味を、私に伝えたかったと
気づいた。典型的な昭和の家庭で、育った彼は
未だに以心伝心を信じていたようだった。
さて先の仕事の現場である。私は常に会社から障害者と組まされた。新人は、必ず私のいた
部署に配置した。教えることは得意では、
ないが、長く会社にいれば、新人に仕事を
教える必要も出てくる。
彼等には、言葉は通用しなかった。
障害故に、他の人が普通に出来ることが、出来ないし、人と関わるのが、苦手だったから、
私はどうやって、彼等に仕事を教えて、
それを自らで行えるようになるのか、
悩んだ。色々な方法を試してみたが、なかなか
上手くいかない。
その時に気づいたのだ、彼等の言葉に出来ない思いは、態度に現れる。各自の性格、仕事ぶり
などを、観察することから、始めた。
それがわかれば、対応策も見えてくるかも
しれない。毎日必死だった。
そして私は彼等が束縛がなく、自由に、
仕事が出来る環境を、与えたなら、その
潜在能力を、発揮することを発見した。
元の交際相手が、私に伝えたかったのは、
こういうことだったのか?
まさに目から鱗だった。基本的なことだけ
教えたら良い。他は各自の可能性を信じて、
任せたら、各々自分の意志で、仕事が進む。
彼等が次第に、仕事が出来るようになり、私が
手を貸さなくても、一人で仕事をしてた光景を
見て、私は喜びに溢れた。上司には、苦情を
言われ、何度も失敗を重ねた。何故出来ないか
チームで、仕事をしてたから、彼等を支援
しないと、仕事は回らない。苦しい日々。
でも彼等は、やり遂げたのだ。
この経験から、私はどんな状況にある人々でも
能力はあり、環境次第で、それを伸ばし、
その人らしく働くことが出来ると、痛感する。
絶対に諦めなければ、道は開ける。
まして現在私は、営業もしてるから、
さらなる洞察力は必要である。しかしまだまだそれは道半ば。仕事を通じての学びは、多い。
それを糧に、今日も自分らしく、仕事をしたいと、思っている。