岸田首相の日米「グローバルパートナー」で進む経済安保の統合
By
Masahiko Hosokawa
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6min
2024.4.30



この記事の3つのポイント
1.岸田首相が日本は米国の「グローバルパートナー」と表明
2.経済安保など非軍事を含む「統合的」な連携が必須
3.日本にはグローバルサウスを取り込む役割が期待される

 「日本はグローバルパートナーになる」

 岸田文雄首相が訪米し、4月10日の日米首脳会談の共同声明で表明したこの言葉は重い。米議会での演説では、国際秩序を守るため日本は米国と共に「大きな責任を担う」と大見えを切り、議員たちは立ち上がって拍手を送った。日米同盟をバージョンアップしたものと評価したい。が、同時に米国は日本の安全保障上の役割への期待を高めたはずだ。それだけに万が一その期待が裏切られれば、反動は大きい。岸田首相にはその覚悟があるのだろうか。

軍事面では手足を縛られる
 今、日本が直面しているのは、ウクライナ戦争、イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突、そして中国による南シナ海などの緊張の高まりである。当然、世間の注目は軍事面に集まる。

 ウクライナは武器や弾薬が不足して国際社会に提供を求めている。しかし、日本はウクライナに直接輸出することはできない。米国は迎撃ミサイル「パトリオット」をウクライナへ提供したことで、在庫不足に陥っている。日本はパトリオットを、米企業からライセンスを受けて生産し、米国に輸出して補うという間接的な支援が関の山だ。

 中東では、イエメンの親イラン武装組織、フーシ派によってタンカーなどが攻撃された。これに反撃する米国、英国、フランスなど10カ国からなる作戦に日本は参加していない。集団的自衛権の発動には国内的にハードルが高いからだ。

 今回の訪米では日米比3カ国の首脳会談も初めて開催された。日米二国間だけでなく面的広がりを持った点は評価できる。ただし軍事面ではフィリピンとの防衛協力においても、集団的自衛権行使のハードルの高さが制約となる。防衛装備品の移転も同盟国・同志国との連携強化の一環として一歩踏み出したことは評価できるが、まだまだ限界がある。

 こう見てくると、日本の軍事面での貢献には根本的な制約がついて回る。米国の戦略は伝統的に米国を中心軸(ハブ)として車輪の棒(スポーク)のように放射線状に二国間関係でつながるハブ&スポーク戦略であるが、日本は米国と一緒になってハブの役割を目指すことになると過大評価すべきではない。

 それでも日本は「グローバルパートナー」を志向すべきだ。軍事面での伝統的な安全保障だけでなく、非軍事の経済安全保障なども統合して考えるべきだからだ。

非軍事の「経済安保」「産業政策」も統合
 2022 年末の国家安全保障戦略では、外交、防衛、経済、技術、情報の5つの手段を有機的に用いて安全保障上の目標を達成するとしている。そして経済安保政策も国家安全保障戦略の中に位置付けられた。

 日米の共同声明では米軍と自衛隊の指揮統制枠組みの向上、 日米比3カ国の安全保障協力強化など防衛面に注目が集まる。しかし同時に共同声明には防衛面以外の協力も多く盛り込まれており、今後の日米協力の指針としてファクトシートを公表している。これを見ると、防衛・安全保障で13項目、経済・技術・エネルギーなどの協力で29項目が並んでいる。

 例えば、日米の外務・経済閣僚協議「経済版2プラス2」を通じた経済安全保障の強化、強靱(きょうじん)なサプライチェーン構築の促進、経済的威圧の抑止と対処のための協力、人工知能(AI)、量子技術、次世代の半導体など技術開発など多岐にわたる。項目の多さだけでなく、これらを統合した戦略として見るべきだろう。

 さらに今回の共同声明で浮上した課題に注目したい。共同声明を巡っては、防衛面においても経済安保や産業政策と統合して進めるべき問題がクローズアップされた。

防衛産業協力も「統合型」に
 安全保障協力の一環として打ち出された「防衛産業の協力」がそれだ。米国は防衛生産に対しては強い危機意識を持っている。国内の生産基盤が衰退しつつある脆弱性が露呈したのがウクライナへの軍事支援であった。

 24年1月、米国防総省は注目すべき文書を出している。「国家防衛産業戦略」がそれで、防衛産業の基盤の強化・近代化が目的だ。ポイントは近代化された防衛産業のエコシステムを構築して「統合された抑止力」を目指すとしていることだ。「統合」には軍事面のみならず経済、外交も含めること、そして同盟国などと一丸となって取り組むことが含まれている。

 例えば、強靱かつ革新的な供給網の構築を挙げている。伝統的な防衛産業のみならず、軍事・非軍事を「統合」して取り組む必要があるとしているのだ。革新的な技術開発者、サービスプロバイダー、研究所、ベンチャーキャピタルなどの金融といった多様なプレーヤーを巻き込んだ「近代的な産業エコシステム」を掲げている。伝統的な自衛隊の装備だけをつくる「防衛ムラ」のような、既存の産業群だけを見ていてはいけないということだ。ここに日本の貢献が期待される。そして「国防総省単独ではこうした課題は解決できない」とし、同盟国・同志国と経済安保も含めて取り組むべし、としている。

 こうした米国の考えが共同声明に盛り込まれ、防衛産業の協力に向けた新たな協議体「日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議」(DICAS)が立ち上げられることになった。そこでは「統合」を目指す米国とかみ合った政策対話をする必要がある。日本の産業基盤全体でどう米国の脆弱性を補ってグローバルパートナーとして貢献するかが問われているのだ。米国の関心は日本の経済安保政策と産業政策を含んだ広範なものだ。

 そのためには日本側も防衛省だけではなく、「統合」を念頭に置いた体制で臨むべきだ。具体的には、国家安全保障局が司令塔になって防衛省、外務省、経済産業省と政府一体の推進体制で取り組むべきだろう。

グローバルサウス対策こそ日本の役割
 日米比の3カ国の協力という面的広がりにおいても総合的な取り組みが必要になっている。中国が海洋進出を強める中、米国は海洋秩序を守る上でフィリピンを重視している。日本も3カ国の枠組みを生かして中国への抑止力を高めるのはグローバルパートナーとしては当然だ。また米大統領選の結果、トランプ政権の返り咲きに備える必要がある。かつてトランプ前大統領は戦略的に重要なアジアでの国際会議を欠席するなどアジア軽視が見られた。そこでアジアの国々を取り込んだ枠組みを「制度化」してピン留めしておくことは重要だ。

ホワイトハウスで4月11日、日米比首脳会談に臨む岸田首相(右)、バイデン米大統領(中央)、フィリピンのマルコス大統領(左)(写真=共同通信)
 さらに南シナ海での海上保安機関による合同訓練やフィリピン軍への日米による側面支援も合意された。こうした防衛面での協力とともに日本の役割が期待されるのが非軍事での経済安全保障だ。アジアの国々を取り込んだ「実態づくり」を進める必要がある。例えば、フィリピンはニッケルの主要生産国だ。そこで重要鉱物の供給網を日米比で強化することが合意されたことは経済安全保障上重要だ。

 次世代通信での日米比の協力にも注目すべきだ。中国の通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)による通信網を西側諸国は安全保障上の懸念から事実上排除している。しかし「グローバルサウス」と呼ばれる新興・途上国を見ると様相が異なる。中国は一帯一路を活用してデジタルシルクロード構想を展開し、ファーウェイ製が広く浸透している。こうした事態を巻き返すべく、NTTドコモが中心になって日米企業による国際連携で主導するのが次世代の通信技術「オープンRAN(ラン)」だ。これをフィリピンで試験的に導入する計画を日米が支援するとしている。経済安全保障面で日米が連携して東南アジア諸国に働きかける面的戦略の重要な試金石といえる。

 こうしたグローバルサウスを取り込んだ経済安保のプロジェクトを面的広がりをもって主導することこそ、グローバルパートナーとしての日本に期待される役割だ。「グローバルパートナー」というキーワードに対して、観念論に終始して勇ましい言葉で過剰な期待を抱かせるのは危険だ。実態を踏まえて、経済安保も含めて、日本がやるべき役割を見極めるべきだろう。

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