私は極端な性格や能力にアンバランスさがある

それは自分でも理解しにくい。

周囲の状況が分からなかったり、人の表情を読み取ったりするのも苦手だったりする。

皆が

自信に満ちた表現

私の表現を確実に支えてくれてる

音だけでわかる、楽しんでる

みんなが受けとり、感じとり、

「それに比べて私は」

と思い怖くてつむっていた目を開く




私の場合通常の会話では人の話を聞けない傾向があるが、

演劇や芝居を通して深くコミュニケーションができるようになってきた。

私は、または私に似たような特性の人は、

知能が遅れてる訳でも、話が理解できない訳でも、

人の気持ちがわからない訳でもない。

人の気持ちを認知し、理解する。

その道筋が独自なのです。



「もし人間みんなコミュニケーション能力が十分にあったら、特性に偏りを持つ人がいなかったら、人類はどうなっていたか?」


ある人はこう答える

特性に偏りを持つ人が人類にいなければ、

人類は今も洞窟の入り口で焚き火を囲んで暮らしているだろう。

初めて石槍を作ったのはコミュニケーションに偏りを持ってた人でしょう。もしそんな概念がなくなれば、

シリコンバレーも終わるでしょうし、

エネルギー問題も解決されないでしょう。


人類の文明は、コミュニケーション能力が低く、

うまく焚き火を囲んで雑談できず、

それでも繋がりを求め、独自の視点から新しいものを生み出す。人間の苦しみと創造の積み重ねからできたのではないか・・・


私は一人でした。

誰とも雑談できず、いつも一人でした。


しかし、アニメと出会い、舞台と出会い、芝居に触れ。

そしてそれを通して人と繋がる希望を持った。

希望はやがて、人との繋がりになり始めた。


私は今でも人接する事や会話するのは難しい

そんな私が新たに作り出す、

芝居や表現を待って見ていて欲しい。