前の女学校に編入出来たが、女学校も空襲で焼失していたが、学徒報国隊で近くの工場に通っていました。ある日何故家に居たのか、日曜だったか判らないが家に居たら伯母、母の兄の奥さん産婆さんでした。その伯母が泣きながら帰って来て悦ちゃん日本が負けたのよ、と言ったラジオで放送していたとの事、でも何故かやっぱりと、思った様な気がした。その時私は女学二年生今で言う中学二年生です。学徒報国隊で工場に行っていたがボルトのナットの錆びを万力で挟んで鑢で削ったり、こんな事が戦争の為にする事なのか疑問に思ったり、していたので割りに冷静だった。
その年の暮れに父が帰り自分が戦争始め負けた様に親戚の前でしきりに、謝っていたのを覚えている。父は海軍の軍人でした。もうすぐ定年だと言う時のことでした。