グラ・楢崎選手 マサ復活後押し

電話で助言受け、足首手術


プロ野球中日の山本昌投手が十五日、四十六歳八カ月での勝利を挙げた。右足首のけがもあって昨季は一軍登板なし。手術という決断を経て、大ベテランが復活の白星をつかんだ。(運動部・海老名徳馬)


 昨年九月、Jリーグ名古屋グランパスの楢崎正剛選手(三六)の携帯電話が鳴った。かけてきたのは、面識のない山本昌投手。「手術からどのくらいでしっかり足が動かせるようになったか、教えてくれないですか」

 山本昌投手が苦しんでいたのと同じ、足首の靱帯を留めている腱の亜脱臼から、二〇〇九年に手術を経て復活した。突然の電話でも、戸惑いは一瞬。「三ヶ月でけがをする前と同じ状態になって試合に戻れました」「それだけで良かったんだ」

 手術後の経過や現在の足首の状態。次々に投げかけられる質問の中で楢崎選手の印象に残ったのは、「あと一勝で並ぶ球団記録を達成したい」と話したことだった。

 「試合で活躍してなんぼの世界。早くマウンドに立ちたい、という情熱が伝わってきた」。一流の選手同士。二十分ほどの電話で思いが通じあった。

 山本昌投手は昨年二月三日、沖縄春季キャンプの練習中に右足首をひねった。症状が思うように良くならない中、中日の亀卦川(きけがわ)正範トレーナー(四八)は七月ごろ、山本昌投手が「もう引退だな」とつぶやくのを耳にした。

 冗談めかして話すことはあったが、これまでにない真剣さを感じた。「手術は賭けだから、こちらからは口に出さない。ただほかの方法はもう試して、手詰まりの状態。五分五分でも手術しかなかった」と振り返る。

 万全の状態に戻りたい。楢崎選手の話にも背中を押され決断を下してからは、すべてがいい方向にまわった。

 九月二十七日に手術は無事成功。復帰への調整が始まった時期には高木守道監督が「開幕投手に」と発言した。

 「本当にその気になって早めに調整した。あれがなかったらここまで早く来られたかわからない」と山本昌投手。亀卦川トレーナーも「六月ごろに戻れればと思っていた。こんなに早く実戦で投げられるとは」。周囲を驚かせるほどの回復ぶりを見せ、マウンドで輝きを放った。


(2012/4/16 中日新聞朝刊 社会面)



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昌さんが楢崎選手に怪我の事を聞いたくだりは


他のスポーツ新聞(≠大本営)にもちょろっと載ってましたかね


この記事読んでひとつ気になることはあったけど今は言いっこなし


「スーパーおじさん」← 勿論いい意味 すごすぎです (o^-')b




【オマケ】こんな時代もありましたっちゅうことで q(^_^;)


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( ̄∇ ̄)ノ




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