「支那人は、一体気分が大きい、支那人は、天子が代らうが、戦争に負けようが、ほとんど馬耳東風で、はあ天子が代つたのか、はあドコが勝つたのか、など言つて平気である、ソレもそのはずさ、一つ帝室が亡んで、他の皇帝が代らうが、国が亡んで他の領分にならうが、全体の社会は依然として旧態を存してゐるのだからノー」
(中里介山、『大菩薩峠』、第27巻、角川文庫1187、p.283.)
不動産バブルの崩壊で中国経済のハードランディングを懸念する向きもいる。その日本経済への影響も心配だと。さしもの中国経済も、これまで輸出主導でやってきたが、世界経済の減速でこれまでのような高成長は無理だろうとか、あれこれ。中国の方との付き合いは少ないので、よくわからないが、どうやら日本人のように細い神経ではないようだ。旧態が変わらぬ社会にいらっしゃるせいか。変わる事と変わらぬ事がある。変わらぬ事情を変えようとやっきになるより、よろしくじぶん優先で、旧態たる事情のなかで生き抜く太い精神であれば、中国経済のハードランディングがたとえあっても、かの地の方々、しっかり生きていかれるのだろう。旧態たる社会はもっとも強靭な社会かもしれない。