ブログネタ:ケガの思い出
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中学生の頃、私はちょっと離れた親友の家に
中学生の頃、私はちょっと離れた親友の家に
夜に行かなくてはいけなくなって(多分何かを渡したような・・)
歩いて行くには遠いのと、夜の一人歩きは怖かったので
自転車で飛ばして向ったのを思い出した。。
その子の家に行くには、歩くとなると30分以上はかかったかもしれない。
バスだと3~4停留所の距離だったような。
なんでそんな離れた所に仲の良い子が居たかっていうと、
結構私は引越しが多く、その時も途中で学区外の地域に引っ越した為に
おきた現象だった。
近くには中学校もあったので、転校生になる所なのだが、卒業近かったので
そのままで良いんじゃないかと、先生達の話なのか、親の希望なのかは
覚えてないが、とにかくそんな感じでいつも遠くの友達の家に遊びにいっていた。
その時の季節は冬だったと思う。
6時になるかならないかくらいの時間だったと思うが、辺りは真っ暗で
早く着きたい一心と、何故かは分からないが自転車を飛ばしてる自分に酔いしれて
半分『カッコイイ~』なんていう気持ちでペダルを踏んでいた。
ある細い道にかかって右に曲がった時、地面がジャリだったので、思いっきり滑って
転んでしまった。
『大丈夫?!』っと、知らないオバサンに声かけられ
『カッコイイ~』と思っていた自分が一瞬で『超恥ずかしい人』になってしまった。
『大丈夫です。』って、何事も無かったかの様な顔をして早くその場から立ち去りたいので
正直、足はジンジンと痛いのに無理してまたペダルを漕ぎ出した。
それから10分程して友達の家の前に着いた。
そして10前から足に何か感じるのも気になって
家のベルを鳴らす前に外灯で履いていたGパンの裾をめくってみると、真っ赤なモノが
流れていた。
『わ・・・、ヤバイ?』
とりあえず、友達にも何も無かったかのように、何かを渡して(多分ノートだったような)
直ぐ家に帰った。
そして母親に半べそをかきながら、転んだことを言ったのだと思うが、何処も切れてない
Gパンなので大した事ないわよ位に私の足を見た母親が
『ヒザがパックリ割れてる。』っていう言葉でまた泣きたくなったのを今でも覚えてる。
結局、消毒をしてバンドエイドで済まされたけど、病院に行ったら確実に縫われて
いた傷だったが、毎日消毒したらバンドエイドで治ってしまった。
さすがに今でも傷は残っているが、それをみる度あの時の痛みと母親の手を思い出す。