最近、「自分は何をしたいのか?」「何をすると生きてる感じがするのか」を考えています。

 

たぶん、父の影響なんですけれども。

父は、今はずっと家にいます。

好きだった飲み屋さんに行ってママさんとお話しすることも出来ません。

やっと見つけた健全な趣味である畑もできません。

鼻から酸素を取り込むチューブをつけて、横になるか座るか、という感じです。

スマホゲームデビューしたらしいです(笑)

いったい何のゲームなんだろう・・・

気になる。

きいても、ゲームの名前が分からない(爆)

 

父は、ずっと私たち家族のために働いてくれ、

祖父母やその姉妹、父の兄弟のことでもあれこれ悩むことがありました。

仕事の事でも、悩んだ時期があったそうです。

 

父は「生きてる実感」を日々感じられていたのかな?

自分の人生を生きたと思えているのかな?

父は肺の病です。

肺は、悲しみが影響するといわれています。

いっぱい、悲しいことをがまんしていたのかもしれません。

男の悲しみって、どんなものなんだろう。

そんなことを、考えています。

 

そして、私もまたそんな父のことを考えながら、

「私は何をしているとき、生きてる感じがするか」

考えていました。

 

子どもたちとギャースカいいながら、ハグをしているとき。

たまに気が向いたときに作りたいご飯を作っている時。

(毎日、義務感で作るご飯は作っていて楽しくないw)

編んでいるものが出来上がった瞬間。

本を読んで「!」があったとき。

いろいろなものの「しくみ」が分かった時。

しくみをしるために本を読んだり、お話を聞いている時。

編み物も、たぶん編み図解読し、それを形にするのが楽しいんだと思います。

占いのお勉強も、「世界の仕組み」を勉強しているように思えて楽しいのだと思います。

実際の世界の仕組みというより、仕組みについての「考え」なのかもしれないですが。

こういうことをしている時、変な脳内物質がいっぱい出ていると思います。

 

数え上げてみると、結構「生きてる実感活動」できてるじゃん、と思いました。

もっと、この割合を増やしたい。

そのために、不必要なものをもっと省いてもいいのかもしれません。

 

ある程度大きくなった子どもたちに容赦なくモフモフし、

好きなだけ知りたいことを知るために本を読み、情報を収集。

それについて考えて「!」を味わう。

猛烈に編み、実験みたいな料理を作る。

 

これって、いわゆる金銭的な成功やら、社会的成功とはかけ離れたところにあるけど。

それが私の生きてる実感、幸せなら、いいんではないのと思いました。

(あ、でも生きていくための十分なお金は必要!!)

 

で、実は結構やってた(笑)

なんだ、実は私は自分が考えるより毎日「これのために生きている」をやれていたんだ。

やだ、びっくり。

 

お父さん、私結構幸せだわ。

なんだか、あれもこれも不十分で、私は不幸な人間だと思ってたけど。

そうでもなかったわ(笑)

安心して。

コロナが落ち着いたら会いに行くから、待っててね。

私の生きてる実感パワーを分けにいくよ。