私が住んでいるアパートの近くでは

皆が“ぶさいく”の事を知っていました。

“ぶさいく”とは、この近所に住む

オスの野良猫の事です。

“ぶさいく”には この世に

大好きな事が三つありました。

ケンカ、残飯漁り、そして

あえて、言葉にするならば“愛”です。

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そんな生活を送っている野良猫なので

当然、体も傷だらけでした。

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“ぶさいく”には目が一つしかありません。

もう片方の目がある筈の所には

ぽっかりと穴が空いていました。

同じ側の耳もありませんでした。


左足は、随分と前に折ったのでしょう。

骨がひどく曲がって

そのまま固まってしまっていました。

そのせいで“ぶさいく”はいつも

ちょうど通りの角を

曲がろうとしているかの様に見えました。


尻尾も、かなり昔に無くしたのでしょう。

ほんの小さなコブのようなものが

残っているだけでした。

“ぶさいく”はそのコブを

いつも小刻みにぴくぴくと動かしていました。


全身は濃い灰色のトラ柄のようですが

顔から首、さらに肩のあたりにかけて

分厚くて黄色い、かさぶたに覆われていて

模様が分からなくなっていました。



“ぶさいく”を見ると

皆が必ず同じ事を言います。


『なんてぶさいくな猫なの!』

大人は皆、子供たちに

“ぶさいく”に触ってはいけませんと叱ります。

そして“ぶさいく”が家の中に入ろうとすると

石を投げたり、ホースで水をかけたりして

追い出そうとします。

それでもまだ“ぶさいく”が

出て行こうとしない時は

“ぶさいく”の足が挟まるのも構わずに

ドアを閉めてしまいます。




そんな時“ぶさいく”は

いつも同じように振る舞います。

もしホースで水をかけられたら

全身がびしょびしょになっても

大人が諦めて止めるまで

じっとしています。

物を投げ付けられたら

許してもらおうとして

その人の足元で手足を折り曲げて

小さくうずくまります。

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“ぶさいく”は子供達を見かけると

大喜びで『にゃあ、にゃあ』と鳴きながら

近づいていきます。

そして、子供の手の平に

自分の頭をぐいぐい擦りつけるようにして

思い切り甘えます。

誰かに抱き上げてもらえたら、もう大変です。

その途端にシャツやイヤリングや

とにかく目につくもの

何でも、なめまくります。




ある日、“ぶさいく”は

近所の人が飼っている

大きな犬たちに、親しげに近づいていきました。

でも、犬たちはそれには応えず

あろうことか“ぶさいく”に牙を向けたのです!

襲われた“ぶさいく”は

その体をズタズタに引き裂かれました。

“ぶさいく”の鳴き叫ぶ声は

アパートにいた私の所まで聞こえてきました。

私は“ぶさいく”を助けたい一心で

慌てて駆け出しました。

でも倒れている“ぶさいく”を見つけた時には

彼の命の灯は、殆ど消えかけていました。


“ぶさいく”の体の下には

血だまりができていました。

下半身がひどくねじ曲がり

もはや元の形をしているとはいえません。

トラ柄の白い毛が生えている部分は

パックリと傷口が開いていて

お腹のほうまで伸びていました。



私は“ぶさいく”を家に連れて帰ろうとして

そっと抱き上げました。

すると、はぁはぁ、ぜいぜいと苦しむ声が聞こえてきました。

“ぶさいく”は必死に

痛みと戦っているのです。

こうやって抱き上げることも

ただ痛みを与えているだけに違いありません。


…ふいに、私の耳が

何かに引っ張られ

なめられているように感じました。

いつもされている、とても懐かしい感覚です。



『ぶさいく!』

ひどい痛みに堪えながら

息も絶え絶えになっている中で

“ぶさいく”が私の耳を

なめてくれているのでした。




私はたまらずに

“ぶさいく”をぎゅっと抱きしめました。

“ぶさいく”は自分の頭を

私の手の平に擦りつけると、振り返って

片方だけの金色の目を私に向けました。








そのとき、私は聞いたのです。

“ぶさいく”が喉を

ごろごろと鳴らす音を。



これほどの酷い苦しみに喘ぎながらも

傷だらけの“ぶさいく”は

ほんの小さな愛情を求めていたのです。

もしかして、ちょっとした思いやりが

欲しかっただけかもしれません。


その瞬間、私はこの世に

“ぶさいく”ほど美しくて

愛おしいものはいないと思いました。


“ぶさいく”は

私を噛んだり、引っ掻いたりもしなければ

私の中でもがいたり、逃げ出そうとさえしません。

ただひたすら、全身で私を信頼して

じっと私の顔を見上げているだけです。

“ぶさいく”にとって

痛みを和らげてくれるのは

“愛”だけなのです。



“ぶさいく”は

家の中に入る前に

私の腕の中で息絶えました。

私は“ぶさいく”を抱いたまま

しばらく動けませんでした。

こんなに傷だらけで

決して美しいとはいえない姿の

小さな存在が

私をどれほど変えたのか。

私は“ぶさいく”を抱きしめたまま

じっと考えていました。

汚れのない純粋な心を持ち

真っ直ぐに心から人を愛するとは

こういうことなんだと思いました。



“ぶさいく”は、どんな本よりも

どんな立派な講義よりも

どんなテレビ番組よりも

広い心と思いやりの気持ちについて教えてくれました。

そして、そんな“ぶさいく”に

私はこれからもずっと

ありがとうと言い続けるでしょう。



“ぶさいく”の体は最後まで傷だらけでした。

そして、それまでの私は

心の中が傷だらけでした。

でも、そろそろ私も自分を変えて

“ぶさいく”のように

真っ直ぐに人を愛することを

知るべきなのでしょう。

大切な人達に心から愛情を注ぐことを。

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たくさんの人達が、お金持ちになり

成功を収め

まわりのみんなからも好かれて

美しくなりたいと思っています。

でも、私は………。



いつも、“ぶさいく”になりたいと思うのです。


…END.

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…このお話はアメリカを中心とする英語圏のインターネットサイトで紹介された作者不詳の物語です。

そして、この本は去年、入院中の母ちゃんが好んで読んでいて

母ちゃんの人生、最期の愛読書となった本です。

今日は母ちゃんの月命日なので

このお話を載せてみました。