『舞姫』を読む
『舞姫』(まいひめ)は、森鴎外の短編小説です。
1890年(明治23年)、「国民之友」に発表されました。
鴎外がドイツへ医学を学ぶ為に、1884年から5年間留学した時の体験を下敷きに、執筆しました。
高雅な文体と浪漫的な内容で、初期の代表作です。
石橋忍月との間で論争が起こりました。
尚、作者森鴎外と主人公は、同一人物だと言われる事もあるが、真相は定かではありません。
但し、ドイツへの医学留学、現地で恋人を作った事(鴎外の方は、日本に押しかけられた)等幾つか類似の点があります。
著者は、本名林太郎。
石見国鹿足郡津和野町(現・島根県鹿足郡津和野町)生まれです。
代々津和野藩亀井家の典医の家柄で、鴎外もその影響から第一大学区医学校(現・東大医学部)予科に入学しました。
そして、両親の意に従い陸軍軍医と成りました。
1884(明治17)年から5年間ドイツに留学し衛生学等を学びました。
「舞姫」「うたかたの記」「文づかひ」「大発見」「ヰタ・セクスアリス」等に、そのドイツ時代の鴎外を見て取る事が出来ます。
その後、陸軍軍医総監へと地位を上り詰めるが、創作への意欲は衰えず、「高瀬舟」「阿部一族」等の代表作を発表しました。
以下は、この作品「舞姫」のあらすじです。
19世紀末、ドイツ留学中のエリート官僚、太田豊太郎は、寂れたユダヤ人街を散歩していた処、クロステル街の古寺で涙に暮れる美少女エリスと出会い、一目で心奪われる。
父の葬儀代を工面してやり、以後清純な交際を続けるが、スキャンダルは広まり豊太郎は免職される。
ここに至り、豊太郎のエリスへの愛情は高まり、彼女と関係を持つ。
その後豊太郎は、エリスと同棲し、生活費を工面する為ドイツ駐在の通信員と言う形で新聞社に就職した。
エリスは、やがて豊太郎の子を身篭る。
友人である相沢謙吉の紹介で、大臣のロシア訪問に随行し信頼を得る事が出来た。
復職の目途も立ち、又相沢の忠告もあり、結局エリスとの愛よりも出世の為に、日本へと帰国する事を選ぶ。
しかし、豊太郎の帰国を心配するエリスに、彼は真実を告げられず、その心労で人事不省に陥り、その間に相沢から真実を知らされたエリスは、衝撃の余りパラノイアを発症した。
真実を伝えた相沢と、豊太郎の事さえ分から無く成る程病状が悪化したエリスに、後ろ髪を引かれつつ、豊太郎は日本に帰国する。
「相澤謙吉が如き良友は、世にまた得がたかるべし。
されど我が脳裡に一点の彼を憎む心、今日までも残れりけり」豊太郎の心からの呟きであった。
埼玉県新座市の畑中公民館で、須田喜代治教授による「文学講座」が、開催されます。
(参考)「舞姫」(1890年発表)のテキストは、「青空文庫」で読めます。
http://www.aozora.gr.jp/cards/000129/card2078.html
『舞姫』現代語訳→http://www.osaka-c.ed.jp/ikuno/03_study/kokugo/maihime/maihime-yaku.htm