過去を振り返って Part① | 恵比寿で働くチクソン

恵比寿で働くチクソン

月日は百代の過客にして 行き交う年もまた旅人なり

~時を感じながら、ろくでもない、すばらしいブログを綴りまする~

※自身のリマインドとして綴るので、今回は長くなります。

大学1年時から続けてきた、塾講師のアルバイトを

2月で辞めることに決めましたビックリマーク

今、担当している中学生のクラスが2月で区切りがつくので、

そのタイミングで他の先生にチェンジする形になります。

これまでの約4年間、振り返れば色々なことがありました。

塾講師をやろうと思ったきっかけは、以下の3点です。

①時給が高い(2200円)
②教育に興味があった
③やりがいがあると思った

特に、③に重点を置いていました。というのも、

大学入学までの半月間、派遣で引越しのアルバイトをしていた時に、

当時の少年T(私)は、いっちょまえながら、

「この重たい荷物を運ぶのは自分以外にもできる。
であれば、なにか自分が必要とされる仕事が他にあるんじゃないか。」

って考え、思いついたのが塾の先生でした。

生徒達の前で、自分が授業をすることで、

生徒から必要とされ、学力を上げることができれば、

とてもやりがいがあるバイトではないかと考えたからです。

そして、大学1年の5月に塾講師として働くことに決めました。

当時は、クソガキという言葉が1番似合うヤツでした。

友人とお酒を飲んでから、バイトの面接に行きました。

そして、働くことになってからも、

茶髪だったし、ネクタイとかグチャグチャで、

服装の注意を何度も受けるという・・・

今、振り返ると、ありえなかったなぁと感じる。

でも、情熱と、自分にはできる!という根拠の無い自信を持っていました。

最初に、授業をした時は、1時間半の授業に対して、

3時間くらい予習して臨みました。

1クラス20人いる生徒達の名前と顔を一致させ、

授業中も、元気な声で、自信を持って行うことで、

生徒達からも、T先生と言われ慕われるようになり、

授業前や授業後も積極的にコミュニケーションをとりました。

技術面では、周りの先生に劣っていましたが、

それをカバーするように、授業準備をして

情熱的に取り組みました。

生徒達からも、T先生の授業楽しいと言われるようになり、

私自身も、働くことにやりがいを感じ、大学の授業よりも

バイトで働くことが多くなりました。週5で働いていました。

クラスも、小学生3クラス、中学生2クラスを担当し、

英語・数学・社会・国語を授業をするようになりました。

私は、小学生・中学生の時は、サッカーしかやっておらず、

夏休みの宿題も、受け取った瞬間、ゴミ箱かローカーにしまう少年で、

もちろん、勉強も全然できませんでした。学年で最下位レベルでした。

そのつけが回って、授業準備が半端なく大変でした。

自分でまず学んで、それを整理して、わかりやすく生徒達に授業をする!

これが、大変でした。

最近の小学生は、こんなに難しいことを勉強するのか・・・と考え、

最終的には、小学生のうちは勉強しないで、外で遊んだほうがいいビックリマーク

って考えたのですが、そんなことでは塾の先生はやっていけないので、

必死で授業をしました!

自分が出来の悪い生徒だったためか、問題が分からない生徒の気持ちが

痛いほど分かり、じゃぁ分かるようにするためには、どんな授業をしたらいいかって

考えながら、オリジナリティーを出して、授業をするようになりました。

例えば、社会の授業で、政府開発援助(ODA)と非政府組織(NGO)を説明する時に、

ODANGO(おだんご)って覚えろ!みたいなw

中に串を入れて、左側のODAが政府・右側のNGOが非政府の組織だぁ~みたいにw

「おおぉぉ~、さすが先生」っていう生徒達の反応がうれしかった。

ただ、実際のところ、知識はなかったため、

生徒からの質問で、

「先生、東日本と西日本の境目のこと何ていうんでしたっけ?」

って聞かれて、正直分からなかったんで、

「お前、そんなことも知らないのか!
先生に聞く前に、もう一度考えろし」って言って、考えさせている間に、

ダッシュで調べて、生徒に「思い出したか?」って聞いて、

「思い出せないっす」

「しょうがないなぁ、教えてやるよ!
フォッサマグナだよ」

「あーそーだった」

「もう二度と忘れんなよ」

っていう感じの、対応もぶっちゃけ結構ありましたw

そんな感じで、なんやかんやで1年目が終了しました。

1年やったおかげで、授業準備もスムーズにでき、

生徒達の学力も把握でき、また各種テストや受験の知識も身につきました。

保護者との電話や面談、保護者会も慣れていきました。

最初に、保護者会をやったときは、正直不安でたまらなかったです。

保護者が20名くらい座っている前で、

話すっていうシュチュエーションが最初はこわかったです。

保護者の方に、この先生はバイトで雇っている大学生でなのではないかって

思われているのではとないかと必要以上に考えたりもしました。

でも、回数を重ねるごとに、保護者と仲良くなり、

アウェーと考えていたのがホームになっていきました。

そして、2年目以降はクラスの責任者を任せられるようになりました。

②に続く・・・