5月に生誕120年を迎えた笠智衆さん、
そして亡くなられてから31年になるのですね。
理想の祖父であり、理想の父親であり、理想の夫であり、理想の恋人である。
笠さんは若い時から老け役が多かった。
若い時の老け役も、年を重ねてからの笠さんも全て全て好.き.
20歳で映画界入りをするまで、
熊本のお寺に生まれた彼は父の跡を継いで
僧侶になるはずであった.
が、彼はそれを嫌い不遇の時代を10年以上もじっと耐え
映画俳優を目指した。
≪若人の夢≫と言う作品で小津監督と運命的な出遭いをしてから
主演、脇役を含めて小津作品の殆どに出演している。
≪父ありき≫という作品ではで、38歳で、佐野周二さんの父親役。
学生時代にリバイバル上映で見た、≪東京物語≫や、≪麦秋≫≪晩春≫、
リアルタイムで見た『秋刀魚の味』まで、小津の最後の作品までほとんどが
父親役であった。
が、その頃のわたしには祖父に似た人でしかなかった。
30代になって、再度名画座などで、
一連の小津作品を観なおした時..虜..になってしまった.
智衆と言う名からも分かるようにお坊さんの名ですね.
その血筋から来るとでも言うのでしょうか.
おっとりとした、口数の少ない、自我をあまり表面に出さない
が、頑固、可愛い、校長先生のようでもあり、
その上なにか洗練された居ずまい.
素敵の一言です.
晩年になるまで、あまり、彼の名はとり沙汰されるほど
頻繁に出ることはなかったはずだ。
≪姿三四郎≫で、世に出た藤田進といつも一緒に人の口に上るのは
抜けないあの独特の熊本なまりである。
それがかえって、彼の高潔で、朴訥と言った人柄をいっそう
強く我々に与えた.
その彼を日本中の老若男女が知るところとなったのが
≪寅さん≫のーー御前様ーーというはまり役である.
あの御前様はすこぶる可愛くて、ついて行きたくなってしまった。
小津映画と言うのは昔は、一部の映画通の人しか観ていなかった。
あの頃、つまり、黒澤監督、溝口監督が騒がれているころである。
彼小津が人々に認められるようになったのはずーっと
後だ。
戦後すぐの、映画フアンは東映のチャンバラ映画や、日活のハードボイルド作品に熱中していた.
運良く(本当にそう思う)、わたしは父のおかげで、
小津の魅力を子供のころから、教えられていたので、
チャンバラも松竹大船映画(小津を代表とした)も
東宝映画も偏ることなく観ている。
日活映画だけはなぜかお留守番でした.
父は男三兄弟でみんな映画好き・・というより映画の虫というか
いつも集まったときは映画の話で盛り上がる、そんな光景が日常でした。
けれども私がリアルタイムで見たのは、
(彼岸花)、(秋日和)(小早川家の秋)そして、(秋刀魚の味)。
(秋刀魚の味)を見たのは田舎だったから多分一年遅れて、1963年だったと
思います。
その映画を両親と見た後、
フルーツパーラーでパフエを食べたことしっかり覚えています。。
その年の年末に小津監督が亡くなったことを知りました。
思えば、笠さんと小津監督は半年違いの生誕です。
ずーっと笠さんとお付き合いが出来たのも映画好きの環境にいたおかげです。
小さな倉庫には栗島すみ子や田中絹代が表紙の雑誌 キネマ などが山積みされていました。
小津さんがつくった智衆さんの父親像も、山田洋次監督が作った御前様のキャラクターも
どちらも好きです。
彼に惚れた数々の映画の中の名シーン。
≪晩春≫では、娘の原節子が、嫁ぐと決まり、京都旅行をし、
宿の布団の中であの例のとつとつとした語り口で独り立ちする
娘に結婚のことを話して聞かせるシーン。
≪秋刀魚の味≫では、東野栄治郎の元担任が、同窓会の席で
「鱧」をはじめて食べたというシーンで、皆が雑言を吐くが
笠さんは、彼を訪ね これまた、とつとつと語り合う。
そして同窓会の席で、朗々と謡う詩吟のりりしい姿、声。
≪東京物語≫に観る、尾道の岸壁で東山さんとおふたりが十姉妹のように
並んだ老夫婦が漂わす無常感溢れるあの背中!
昔、笠さんが大根役者だと言う声は若い頃いくらか聞いた。
違う!
あのなまり、あの朴訥さ、温かさが 作品の求める
≪絵≫の中心人物なんですよね。
絶品の名シーンをいくつも作った人である。
口に出して心を語るわけでもなく
ただ、にこにこと柔和で、凛としたあの姿勢。
歳を経てからの笠さんを拝見するにつけ、
あれほど、謙虚で教養の溢れた日本の老人をさわやかに
演じた役者さんを他には知らない。
前にも書いたと思いますが、鎌倉に住んでらした笠さんは
朝の散歩に出られる前に
可愛い奥様ーーはなさんーーが点てられる一服の
お抹茶を頂いてからお出かけになる。
そのこと、テレビで拝見して、ほっこり。
だからわたしのお茶修行は
続いているのかもしれない。
そして彼の存在は、わたしの生き方にも強い影響を与えてくれた。
年老いた両親との向き合い方に・・・・
その両親もこの世を去って20年余り。
笠さんの、小津さんの、映画を見ると父親に会っているような気がしてならない。
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