
〔わが青春のフローレンス〕
こんばんは。いつもご訪問いただきましてありがとうございます。
カンヌ国際映画祭にちなんで③ 今夜は・・・・
1970年
今夜は第23回カンヌ国際映画祭の女優賞を受賞したオッタビア・ピッコロの
出演作品・・・・わが青春のフローレンスを取り上げてみます。
ピッコロは1962年にルキノ・ヴイスコンテイ監督の
〔山猫〕に端役でデビューしている。
八年後の1970年21歳で本作品に出演、女優賞受賞と言う
華々しい出世であった。
この作品は私は今回初めて鑑賞しました。サントラは聞き覚えのあるものでした。
19世紀末の舞台フイレンツエはユトリロの絵画のように美しい。
ピッコロさんのことは
その後の出演作のドロン作品で
〔帰らざる夜明け〕と〔アラン・ドロンのゾロ〕で先に
お会いしていまして、その時でさえまだ若くかわいい感じで
こんなしっとりとした演技のできる女優さん
だとは思ってもいなかった。
控えめで清楚な美しさに加え、労働者の妻たることをわきまえた中に
芯の強さも秘めたヒロインを魅力的に演じています。
そしてエンリオ・モリコーネの美しく一度聴いたら忘れられないメロデイーは
全編に流れ美しいフイレンツエがさらに情緒深い。
芸術の都から工業都市へ変わりつつあるフロレンス(フィレンツェ)を
舞台に一人の孤児メテロ〔マッシモ・ラニエリ〕が、資本家と闘い、投獄され、恋もして
プロレタリアの労働運動の闘士として人間的に成長してゆく姿を描いてゆく。
19世紀後半、マルクス主義の登場、
イギリスは産業革命真っ只中だろう。
イタリアも機械文明の発達による労働者達の危機感が暴動へと発展・
ヨーロッパ全体の市民の階級意識への目覚めは、
永年不当搾取し続けてきた資本家達をじわじわと追い詰め始め、
それは労働者にとっての、言いなりの時代、奴隷の時代の終わりへと
なっていく。
一人の人間の成長過程を時代の流れとともに描き出す、
イタリア映画独特の作り方、醍醐味が本作品にはある。
監督 マウロ・ボロニーニ
音楽 エンニオ・モリコーネ
キャスト
メテロ マッシモ・ラニエリ
エルシリア オッタヴィア・ピッコロ
ベット フランク・ウォルフ
イダ ティナ・オーモン
ヴイオラ ルチア・ボゼー
一八八〇年、冷えたフイレンツエの刑務所から、一人の男が出所した。
暗い灰色の壁に寄りかかって赤ん坊を抱いた一人の女が待っていた。
女は男に近づいた。
男は女に”生まれたか……名前は?”
”メテロよ……”。
”平凡な名だな、もっといい例えばリビラとか・・・”
”投獄されるような革命家の男の名前にしたくわないわ。”
繰り返し繰り返し投獄される男の妻は生活の疲れから
その夜、死んだ。
数日後、砂取り作業員で革命家だった男も
アルノ河の氾濫の濁流に呑まれて死んでしまった。
息子のメテロは田舎に預けられて育った。しかし
十七歳の時、不景気のためベルギー移往する一家に自分は行かない!
両親の住んでいたフイレンツエに戻ると里親に告げて残った。
アナキストのベット(F・ウォルフ)はペテロが古い友人の息子だと知り
喜んで煉瓦工の仕事を捜してくれた。
彼の下宿に厄介になり名がら、メテロは社会の完全変革をめざす熱い思想を
彼から教えられる。しかし、
或る夜、彼は酔って姿を消した。
探しても見つからず、メテロは監獄に寄ってベットのことを尋ねた。
が、“ベット”という名を喋っただけでメテロは投獄されてしまった。
牢獄には思想犯や政治犯がいた。
”マルクスを知っているか?無政府主よりも社会主義の方が現実的だぜ。
君の親父を知っている、立派な男だったぞ!
そう云われて血は争えないもので、メテロの体の血は熱くなった。
初めて階級というものを意識したのだった。
未成年の上に無実だったのですぐに釈放されはしたがメテロは
投獄される前のメテロではなかった。しっかり
自分の思想を持った青年へと変化していた。
煉瓦職人に戻った彼は、或る日、
仕事場の隣にある家の庭仕事を頼まれ、そこで
未亡人のビオラに誘惑された。
若い彼の恋情は真剣だった。
だが、彼には兵役が待っていた。
三年間の兵役は彼の肉体も魂もたくましいものにまたひとまわり大きくなった。
階級のために闘う思想も鍛えあげられていった。
そしてフロレンス=フイレンツエに帰ったメテロは
以前の会社に戻り社会主義労働者グループに入ったのだった。
久し振りに会ったビオラはちっとも変わらず美しかった。が彼女は結婚していた。
子供までいた。貴方の子かも知れないと彼女は言った。
メテロ達の働く現場で人員整理のゴタゴタが起きた。
その騒ぎの最中、一人の男が誤って腐った梯子から落ちた。
”娘を呼んでくれ。死んだら組合の旗と一緒に弔ってくれ”と言い残して死んだ。
その男の葬式の日メテロは娘のエルシリア(O・ピッコロ)と出会った。
世話になった父の礼を言う清楚な姿は
メテロの心になぜかすんなりと印象付けられた。
組合の赤旗で護られた葬列も官憲の不当弾圧で蹴散らされ、
抵抗したメテロと同志達はまたまた投獄された。
翌日、牢獄の外から各々の身内の者が声をかけて来た。
どうもそんなことが許されるようだ。数ある呼びかけの最後に
”メテロさん、エルシリアです。父のことーー感謝しています”
みなの手を振り切って彼は鉄格子にしがみついて答えた。
”出獄したら結婚してください。エルシリア!そして手紙をください”と叫んだ。
一年以上の刑が宣告されたが、周りは自分の主義のために
闘っている同志達ばかりだった。
エルシリアから手紙が来た。”手紙をくれと言ったので書きました。以前にも
よく留置所にいた父にも書いたものです”
メテロはエルシリアの手紙を何度も何度も読んだ。
彼女の父も闘士でありよく投獄され、メテロとは境遇も似ていた。
彼女は造花の内職で生計を立てていた。
まだ人を愛したことがないから、同情なのか愛情なのか自分でも分かりません
とエルシリアの手紙には書いてあった。
メテロの出獄後、二人は結婚し、子供も出来た。
組合運動が活発化し、メテロは集会のリーダー格となるほどだった。
最低貸金を要求する運動はフロレンス市中に拡がり、
遂にストライキが宣言され、
二〇世紀初頭の伝説的争議となった。
この頃から機械が導入され労働者の解雇の危機感が高まっていった。
メテロ達の職場もストに突入した。
集会のない日に、公園をブラつくメテロは住んでいるアパートの
隣に住む人妻イディナ(T・オーモン)に声をかけられる。
典型的な有閑マダムで
日頃からメテロに気のあるそぶりを示し、
労働者の妻のエルシリアにはない魅惑的な色気をチラつかせていた。
そして、妻の留守中二人は過ちを犯してしまい、帰宅したエルシリアは
その部屋を出て行くメテロを見てしまった。当然メテロは気付かない。
煉瓦工のストは四十日以上に渡って続けられ、
スト基金は底をつき、職場復帰する者は厚遇するという資本家側の耳打ちに
メテロは決心も揺らぎ始めるものも出てくるがメテロは屈伏しないと頑張った。
一方エルシリアは外で夫と密会を続けるイディナを待伏せ、
部屋に連れ込んでいきなり力いっぱい平手打ちを喰わせる。
夫に手を出さないで!!ーーー夫を責めないんだな。やはり相手をなじるか・・・・
遂に対決の時が来た。資本家側にシッポをふった連中が、ストを破って仕事にかかるというのだ。
仕事場に駆けつけたメテロ達の前には軍隊の銃口が待っていた・
資本家と裏切り者がその後に立っていた。
”皆裏切りはやめろ!募金が着く頃だ”
”鐘を鳴らせ仕事だ”と近づいて来た社長は言った。
メテロを見て ”初めて雇ってやった時はまだ子供だったが……”と忌々しそうに
社長はメテロに言った。
メテロは”私の父の頃は労働者が弱すぎたから搾取は簡単だった。
だけど今はもう時代が違う!
と乱闘になり、軍隊が発砲した。
その時資本家側が労働者の要求に折れスト中止の指令が入った。
労働者が初めて自らの血と汗で勝利をつかんだ瞬間だった。
騒乱罪でまたまた逮捕の手がのびる事を知ったメテロは
妻の許へ別れを告げにいく。
エルシリアは夫の闘いを理解し、黙ってついていく労働者の妻だった。
メテロはそのーーー豊かなーーー女らしさに
改めて烈しい愛を感じるのだった。
六ヵ月の拘留後、外には息子の手を引き、身重の姿の妻が待っていた。
彼が捕っている間、誰かが金を届けてくれたと妻がいった。
”女の子が生まれたらビオラと名を付けよう”……もうこの中へは絶対入らない、
誓うよ”
”いいわよ、父の誓いと同じだわ。”と
エルシリアはメテロを見つめ、息子の肩を抱きしめながら呟いた。
そしてそれはメテロの父と母の会話とも同じだった。メテロが母に抱かれて
父を迎えたあの時と同じ・・・
冒頭シーンとラストシーンの酷似=繰り返される親子二代に渡る出獄のセリフは
闘争家は同じことを繰り返す血統だろう・
わが青春のフローレンス・・・と言う題名からしてほんのりして恋愛物かと
思いきや労働者階級の若者が資本家に対する階級のために闘う思想に目覚め
成長してゆくさまをイタリア映画らしい監修とすばらしい画像で見せてくれた。
21歳とは思えぬピッコロ嬢の存在感がいいですねえ・
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