こんにちは
蘭です
今日は一日学校でした
でも哲学の時間に見たDVDがとても感動したのでその内容を書きます
まずキューブラー=ロスとは誰っと思った方
エリザベス・キューブラー・ロス(Elisabeth K?bler-Ross, M.D.、1926年7月8日 - 2004年8月24日)は、精神科医で、死と死ぬことについての画期的な本(『死ぬ瞬間』)の著者 。その本の中で彼女は初めて今日死の受容のプロセスと呼ばれているキューブラー・ロスモデルを提唱している。まさに死の間際にある患者とのかかわりや悲哀(Grief)や悲哀の仕事(Grief work)についての先駆的な業績で知られる。
キューブラー・ロスは、スイスのチューリッヒに、三つ子姉妹の長女として生まれる。父親が医学部進学に反対で、自ら学費を捻出するため、当初は専門学校を経て、検査技師をしていた。その後、1957年、31歳の時にチューリッヒ大学医学部を卒業している。彼女は医学部での学生時代に知り合ったアメリカ人留学生マニー・ロスと共に1958年学業をさらに続け、また働き口を探すべくアメリカにわたった。
彼女が自身の医療活動を始めようとした時、病院が死に掛けている患者を扱う態度に、愕然とさせられる。そこで、病気の患者をどう扱うべきなのかという一連の講義を始めた。これが、1961年の死と死ぬことについての講義につながっていく。1963年には、コロラド大学で精神科医の単位を取得している。彼女は、死をテーマにして20冊もの本を書き、世界各地で数多くの講演などを行った。1974年から1996年の間にそれらの業績に対して、複数の大学、単科大学から20の名誉博士号を授与されている。
私財を投じて死に向う患者のための施設(センター Center)を開設し精力的に活動を行なった。現在、この活動はホスピス運動の嚆矢のひとつと考えられている。彼女が、ホスピス運動を創始したわけではないが、それを推進した人々は、まさに彼女によってこの運動がいのちを与えられたのだと異口同音に語っている。
やがて、彼女は死への過程のみならず、死後の世界に関心を向けるようになった。幽体離脱を体験したと主張し、霊的存在との交流に傾倒していった彼女を崇める人々もいた一方、彼女の夫のように、彼女から離れていった人々も少なくない。
晩年にはエイズ患者へのかかわりを深め、エイズ患者のための新たなセンターの開設を計画したが、そのために近隣住民との深刻な軋轢を生み、最終的に拠点センターの閉鎖、移転を余儀なくされた。拠点センターは原因不明の火事により全焼したが、彼女はこの事件を対立する住民による放火であると認識していた。
彼女は、1995年に脳梗塞に見舞われ左半身麻痺になった。その苦悩を2002年、アリゾナ・リパブリック紙のインタビューで語っている。2004年にアリゾナ州のスコットデールの自宅で亡くなった。
エリザベス・キューブラー=ロスが『死ぬ瞬間』の中で発表したもの。以下のように纏められている。すべての患者がこのような経過をたどるわけではないとも書いている。
否認
自分が死ぬということは嘘ではないのかと疑う段階である。
怒り
なぜ自分が死ななければならないのかという怒りを周囲に向ける段階である。
取引
なんとか死なずにすむように取引をしようと試みる段階である。何かにすがろうという心理状態である。
抑うつ
なにもできなくなる段階である。
受容
最終的に自分が死に行くことを受け入れる段階である。
っと長いですがこんな方です。
エリザベスが医学部に入学が決まる前の時の世界はちょうど第二次世界大戦が終結を向かえようとしている時で、国際平和義勇軍と言うボランティアグレープに参加し、フランスやポーランドにおもむき人達を助けていました。その時にちょうどユダヤ人の収容所だった所を訪問した時、廃墟の収容所の壁にユダヤ人が書いた多くの蝶の絵を見てた。彼女はそれを見て何故この蝶の絵が収容所のユダヤ人により描かれたのか、このイメージは一体何を意味するのかと言う疑問が彼女のその後の人生の歩みを方向ずけたと言われています。
そしてキューブラロスはコロラド大学に勤めた時精神科の教授のかわりに臨時講義を行いました。彼女は死についての講義をする事を決めました。しかも教室に末期患者を読んで患者に死に臨んで何を思うのか話してもらいました。多くの死に行く患者からキューブラロスがインタビューした結果、患者は皆同じメッセージを伝えていたといいます。
「生きなさい。振り返っていのちを無駄にしたと後悔しないように。生きなさい。してきたことを悔やみ、別の生きかたを望むことのないように。正直で、十分な人生を生きなさい。生きなさい。」
このセミナーでキューブラロスが死に行く人が同じような心理をたどると発見したのです。このことにより今終末期医療があるのです。
またキューブラロスは死とは「地球に生まれてきて、与えられた宿題を全部済ませたら、もう、からだを脱ぎ捨ててもいいのよ。からだはそこから蝶が飛びたつさなぎみたいに、たくましいをつつんでいる殻なの」と彼女は言っていたそうです。
キューブラロスは自伝に「いのちの唯一の目的は成長することきある。究極の学びは、無条件に愛し、愛される方法を見につけることにある」
「人生に起こるすべての苦難、すべての悪夢、神が下した罰のように見えるすべての試練は、実際には神からの贈り物である。それらは成長の機会であり、成長こそがいのちのただひとつの目的なのだ。」と結びにある。
今日はすごい良い勉強になったと思う。
人間は誰しも「死」は平等に訪れる。
それまでに自分は与えられた課題をやらないと死ぬことはできない。
その課題をクリアした時に人間は生きたと思う時がくるのか。
今実際に人生の途中に私はいる…
辛くて死にたい…と思った事もある、しかし人それぞれに課題があり、成長している事を知った。
小さな子が生きたいのに生きれない、そんな子もいる。
今自分の命を大切にしていかなければと思った。
死を迎えると言う事は人間の最後の学習で
あり、家族に暖かく見守られて最後を迎えたいと思った。
家のおじいちゃんもいい最後だったのかなぁと思った。
死が近づいている人が近くにいる時、家族や医師、看護師はなかなか患者に近づけなく、患者が孤独を感じる。
患者さんの話し聞いてあげる。側に寄り添う事が大切であると学んだ。
私も将来患者さんの側に寄り添う事ができればいいなぁ。
長くなってすみません。
以上蘭でした。