草苑保育専門学校 2014年修養会説教(上)
2014年の修養会が6月11日(水)~13日(金)まで、山中湖の
グリーンヒルズニューみなみで行われました。

〈宿舎から見た富士山〉
私は今年初めて参加しましたが、2日目の早朝礼拝で説教
をしたので、ここに3回に分けて再録します。
「聖書における保育」という題でお話しします。
今読んでいただいたマルコによる福音書10章13~16節
「子どもを祝福する」、この箇所にキリスト教教育の原点があると
いうことは、昨日の主題講演で濵田先生が取り上げられました。
少し重なりますがこのことからお話しします。
イエスさまが伝道された当時は、子どもは大切には扱われていなか
った。それどころか、ギリシャ語で小さい子どもを意味する
「PAIDIA(パイディア)」という言葉には‘足手まとい’という
ニュアンスが含まれているのだそうです。
イエスさまのところに子どもたちを連れてきた人々を弟子たちが
どうして叱ったのでしょうか?当時のユダヤでは衛生状態が悪く、
子どもは乳幼児のころどんどん死んでいきました。働き手として
家族を支える大人ならともかく、子どもは足手まといな上に
「ごくつぶし」としてやっかいな存在だったのです。
しかし、イエスさまのお考えは違いました。子どもは決して
ごくつぶしなどではない。宝物であると弟子たちをたしなめられた
のです。一見存在する価値もないようなこの子どもたちこそ神の国
に入る資格がある。「逆転の発想」です。
イエスさまは言われました。
「子どもたちを私のところに来させなさい。妨げてはならない。
神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく、
子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに
入ることはできない」
そして、子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福された。
(次回に続く)
2014年の修養会が6月11日(水)~13日(金)まで、山中湖の
グリーンヒルズニューみなみで行われました。

〈宿舎から見た富士山〉
私は今年初めて参加しましたが、2日目の早朝礼拝で説教
をしたので、ここに3回に分けて再録します。
「聖書における保育」という題でお話しします。
今読んでいただいたマルコによる福音書10章13~16節
「子どもを祝福する」、この箇所にキリスト教教育の原点があると
いうことは、昨日の主題講演で濵田先生が取り上げられました。
少し重なりますがこのことからお話しします。
イエスさまが伝道された当時は、子どもは大切には扱われていなか
った。それどころか、ギリシャ語で小さい子どもを意味する
「PAIDIA(パイディア)」という言葉には‘足手まとい’という
ニュアンスが含まれているのだそうです。
イエスさまのところに子どもたちを連れてきた人々を弟子たちが
どうして叱ったのでしょうか?当時のユダヤでは衛生状態が悪く、
子どもは乳幼児のころどんどん死んでいきました。働き手として
家族を支える大人ならともかく、子どもは足手まといな上に
「ごくつぶし」としてやっかいな存在だったのです。
しかし、イエスさまのお考えは違いました。子どもは決して
ごくつぶしなどではない。宝物であると弟子たちをたしなめられた
のです。一見存在する価値もないようなこの子どもたちこそ神の国
に入る資格がある。「逆転の発想」です。
イエスさまは言われました。
「子どもたちを私のところに来させなさい。妨げてはならない。
神の国はこのような者たちのものである。はっきり言っておく、
子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに
入ることはできない」
そして、子どもたちを抱き上げ、手を置いて祝福された。
(次回に続く)