7月15日、授業の帰りに映画館「ポレポレ東中野」で上映中の映画『台湾アイデンティティー』を観に行った。
本作は監督の酒井充子さんが2009年の前作『台湾人生』に続き、第2次大戦まで日本の統治下にあった台湾で生きた人々の戦中戦後の苦難の歴史を聞き書きする形でドキュメンタリーとして制作した映画である。
台湾の80歳代以上の本省人(戦前から台湾に住んでいた人々)は日本人として教育を受けたので、日本語も流ちょうである。台湾社会のリーダー的な彼らの存在があったから、東日本大震災後台湾から200億円を超える多額の義援金が寄せられたことに相違ない。
日本国憲法が施行された1947年、台湾では「二二八事件」が起きた。中国国民党の専売局闇タバコ摘発隊に台湾人女性が暴行されるという事件が起きたことをきっかけに抗議行動を起こした民衆に対し、憲兵隊が発砲した。激しい台湾人の抗議行動は国民党によって武力鎮圧され、2万数千人の台湾人が殺害・処刑されたという。
その後、台湾では1949年から1987年までの38年間にわたる戒厳令下で白色テロが横行し、国民党政府によって数多くの無実の人が逮捕・拷問・銃殺されたという。台湾本島から25キロ離れた離島「火焼島(現・緑島)」はそうした政治犯が島流しされた島である。私は大学生時代級友と4人で戒厳令下の台湾を旅したが、テレビでは金門・馬祖島での対中国戦闘シーンが頻繁に流され戦時中のようだった。
私の大学院での恩師戴国煇先生は『境界人の独白』という本を著したが、中国本土とは明らかに異なる台湾に住む人々の中国・日本への思いはそういった歴史を背負っている複雑なものである。日本への想いも国民党時代よりはまだましだったという、悲しいところから発したもので、私たちはそれが決して「親日的」の一言で片づけられるものではないことを肝に銘じる必要がある。
多くの日本人にぜひ見てもらいたい映画である。
本作は監督の酒井充子さんが2009年の前作『台湾人生』に続き、第2次大戦まで日本の統治下にあった台湾で生きた人々の戦中戦後の苦難の歴史を聞き書きする形でドキュメンタリーとして制作した映画である。
台湾の80歳代以上の本省人(戦前から台湾に住んでいた人々)は日本人として教育を受けたので、日本語も流ちょうである。台湾社会のリーダー的な彼らの存在があったから、東日本大震災後台湾から200億円を超える多額の義援金が寄せられたことに相違ない。
日本国憲法が施行された1947年、台湾では「二二八事件」が起きた。中国国民党の専売局闇タバコ摘発隊に台湾人女性が暴行されるという事件が起きたことをきっかけに抗議行動を起こした民衆に対し、憲兵隊が発砲した。激しい台湾人の抗議行動は国民党によって武力鎮圧され、2万数千人の台湾人が殺害・処刑されたという。
その後、台湾では1949年から1987年までの38年間にわたる戒厳令下で白色テロが横行し、国民党政府によって数多くの無実の人が逮捕・拷問・銃殺されたという。台湾本島から25キロ離れた離島「火焼島(現・緑島)」はそうした政治犯が島流しされた島である。私は大学生時代級友と4人で戒厳令下の台湾を旅したが、テレビでは金門・馬祖島での対中国戦闘シーンが頻繁に流され戦時中のようだった。
私の大学院での恩師戴国煇先生は『境界人の独白』という本を著したが、中国本土とは明らかに異なる台湾に住む人々の中国・日本への思いはそういった歴史を背負っている複雑なものである。日本への想いも国民党時代よりはまだましだったという、悲しいところから発したもので、私たちはそれが決して「親日的」の一言で片づけられるものではないことを肝に銘じる必要がある。
多くの日本人にぜひ見てもらいたい映画である。