『ヴォイス~命なき者の声』という月9ドラマがやっていましたが、

シオはこのドラマを一生懸命見ていまして、

ほぼ毎回のように、うるうるしていました。

出演者も好きな俳優さんばかりで、大学ってこんな感じなのかな?

と、少人数の和気藹々としたゼミ経験のないシオは

ぽややや~んと甘酸っぱいキャンパスライフを思い描いていました。




さて、ここからが本題です。

今日はちょっと重い話題です。




シオの職場は病院です。

病気が治って、元気になって帰っていく方が多くいます。

しかし、やっぱり力及ばず、亡くなる方もいらっしゃいます。

原因は様々ですが、大体予想がつく場合とそうでない場合があります。


一生懸命蘇生も頑張りますが、

余りに急で、ご家族が間に合わなかったり、

会いたい人に会えなかったり、電話がつながらなかったり、

連絡が取れない人がいたり、急いでも何時間も掛かってしまう人とか、

逆に、大勢の人が来すぎて、部屋に入りきらないこととか、

準備万端過ぎて、

退院するときの洋服やらなんやら一式持ってきた方とか、

今では大分有名になったかな、と思う

「生前見積もり」をされている方とか。

ホントに様々だし、私たち医療スタッフも予想がつきません。

コレばかりはいつも「神のみぞ知る」です。

そんな予想できなかった、急なことで、

先日、亡くなった方がいらっしゃいました。

残念ながら、最期の時に間に合わず、とても家族の方も悲しんでおり、

若かったこともあって、涙、涙のお別れでした。


家族の方が何度も口にされたのが

「苦しくなかったでしょうか?苦しまずに最期を迎えられたでしょうか?」

「一人でいってしまって・・・寂しい思いをさせてごめんね」

「もっと一緒にいればよかった。昨日は早く帰ってごめんね」

「何でもう少し待ってくれなかったの?」


悔やむ言葉が多く、看取れなかったことに対しての罪悪感と悲しさが

ひしひしと伝わってきました。


こういうときには

「体がまだ温かいですから、手を握ってあげてくださいね」

とか

「声は聞こえますから、声をかけてあげてください」

とか

「穏やかな顔をしてるように見えますよ」

とか。


本当かどうかは、自分が実際体験しなければわからないけれど、

そうである、と信じたい。



その日の仕事が終わった後は、

家族が泣いていると、亡くなったはずの方が嘘のように目を開いて、

最期に、家族の方に感謝と謝罪の言葉を伝えて、

もう一度、眠りにつく、という夢を何度も見ました。

やはり、家族が後悔するような言葉を聴くと、

シオたちはもっと何かできなかっただろうか、

もっと、もっと・・・と自問自答します。

自分たちの力不足、力の無さを悔やみます。


最期の時に後悔する気持ちが、少しでも軽減してほしい。

自分の自己満足だと思うのだけれど、

残された者の声が、気持ちが、届いていますように。

お別れの記憶が、少しでも穏やかなものになりますように。

いつも、そう祈らずにはいられません。