「終わったのね」
「あぁ、やっと」
魔族との戦いが終結してから数日後の夜、情報収集や状況把握に追われていたレッテとエルーシオはハトリック城内にある酒場に来ていた。
主の側近として、姫の護衛として、それぞれ魔族を意識しながら気の抜けない日々を過ごしてきた二人にとって、ようやく訪れた平和な日常。
相変らずまだ忙しくはあったが、お祝いせずにはいられない、と、久々に飲み交わそうということになったわけだ。
「ここまで、長かったわね」
「あぁ。まさか、自分が生きている間に魔族と決着がつくとは思っていなかった。それもこれも、ロビン様とメグミ殿のお陰だ」
エルーシオは満足そうにお酒をグイッと飲んだ。
「本当にその通りね。だけど、わたしたちもそれなりに頑張ったわよね」
レッテが空になったエルーシオのグラスにお酒を注ぐ。
「もちろんだ。護衛戦士に死者が一人も出なかったことは奇跡に近い。一人ひとりの努力があったからこそだと俺は思う。俺も役に立てるように鍛錬を積んできたつもりだ。最後はこの手で魔族を・・・と思っていたが、それは叶わなかったな」
エルーシオはレッテが注いだお酒を一気に飲み干した。
「・・・エルーシオ。ピッチ早くない?あんまり調子に乗ってると明日動けなくなるわよ」
「心配するな。明日は久しぶりの非番だ」
「あら、羨ましい」
そう言って笑うと、レッテは次のお酒を注ぐ。
こっそりアルコール濃度の低いものに代えて。
「わたしはもう少しの間、城下の情報収集が続きそう。町を修復するための予算も組まなきゃいけない。しばらく休みは取れそうに無いわ。まぁ、魔族が絡まなくなるから、気は楽だけど」
「それは大変だな。忙しい合間をぬって付き合ってもらって悪い」
「いいのよ。わたしも少し飲んで、息抜きしたいと思っていたから」
実は、“お祝い”とは別に、エルーシオはレッテに相談事があった。
それは今日でなければ都合が悪いことだった。
が、それを切り出すのにお酒の助けがいるらしく、本題に入る頃には7杯目に差し掛かっていた。
「エルーシオ大丈夫なの?」
「大丈夫だ。すまん、レッテ。いい加減、話さないとな。俺はそろそろけじめをつけることにした」
「けじめ?」
「そうだ。率直に言うと、俺は近々、アメリア様の護衛をやめるつもりなんだ」
「え・・・?」
レッテは、エルーシオの言葉に困惑した。
アメリア姫を守ると固く誓った彼から、そんなことを聞かされる日が来るとは。
次の瞬間には思わず「どういうこと?」と聞いていた。
「姫にとって最大の敵、魔族はいなくなった。もちろん、魔族以外の者でも姫をつけ狙う可能性は大いにある。しかし、今までに比べて圧倒的に姫の安全は確実なものになった。俺がボディガードにならなくても大丈夫だろう」
「だけど、それじゃあなたは姫のそばにいる機会が少なくなってしまう。それでいいの?」
亡くなったコーネリアス王とオリビア王妃の命を受け、姫の世話役になったエルーシオ。
毎日を共に過ごすうちに芽生えた特別な感情。
仕事をまっとうする責任から、自分の気持ちを悟られないよう努めてきた。
それは、姫がロビンを慕っていると気づいていたからでもあった。
これからは、アメリア姫は自分がいなくても大丈夫。
信頼できる仲間が増えたから。だから・・・。
「俺は明日、世話役ではなく、一人の男として姫に会いに行く。そして、今まで伝えられずにいた自分の気持ちを打ち明ける」
レッテは目を見開いた。
酔った勢いで言っているわけではないことはエルーシオの真剣な眼差しを見れば分かる。
この男、とうとう覚悟を決めたのだ。
「このことは、お前にだけは話しておこうと思ってな。姫への想いは胸の内に秘めたまま墓場まで持っていく予定だったが、もう隠す必要もなくなった。この際、自分のために行動してもいいんじゃないかと思ってしまったんだ」
「あなた、この国の王になるつもりなの?」
飲み仲間のエルーシオが王になる姿を想像できなさすぎて、レッテはクスッと笑った。
「姫が俺を受け入れてくれるなら、何でもするさ」
そう言ってエルーシオも笑った。
彼はそれほどまでにアメリア様のことを大切に想っているんだ。
それなら、仲間として背中を後押ししないわけにはいかない。
『姫に気持ちを伝えること』それが彼にとっての『けじめ』ならば。
「行ってらっしゃい。その後のことは、いくらでも話を聞いてあげるから」
二人はその夜最後の乾杯をした。
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