ハトリックには隣国のラシュディ王子が自国の報告をしに来訪していた。
議会の場ではなくロビンの部屋で・・・と言うのも、魔族に襲撃された後始末や復興のため上層部の役員や幹部たちが忙しくなり、まとまった会議を開く余裕がなくなったためだ。
側近のレッテも城下への情報収集にあたっているため、ラシュディ王子にはロビンが自らお茶を淹れた。
「気を遣わせてしまったな」
「いえ、僕がお招きしたのですから。お気になさらず」
ラシュディによれば、アラドラスにも突如として魔族は押し寄せた。
しかし城の兵士で撥ね退けるに足りるほどの数だけで、いくらか犠牲は出たものの、ハトリックほどの被害はなかったとのこと。
おそらく、魔族の標的がハトリック国だったからだろう。
アラドラス国が概ね無事であったと聞いて、ロビンはひとまず安心した。
「ハトリックがこの被害状況だったから、アラドラスは大丈夫かと皆でずっと心配していたんです。ラシュディ王子もご無事で何よりです」
「いや、それはこちらのセリフだ。ロビンも姫も城の者も、生きていてくれて嬉しい。水竜パルバンのことは・・・残念だったが。長年、魔族から守ってもらい本当に世話になった。我々アラドラスの国民は、彼に敬意を表するよ」
「ありがとうございます。僕も彼のことは誇りに思っています。落ち着いたら、その功績を称えて立派な墓を作ってやろうと考えていますよ」
「あぁ、ぜひそうしてくれ。墓やハトリックの再建費はアラドラスからも支援させてもらう。遠慮はいらない。魔族を退治してくれた礼も兼ねての事だ」
ラシュディの厚意は素直に嬉しかったが、事の発端を考えればハトリックが蒔いた種。
アラドラスには迷惑しかかけていない。
「お気持ちは嬉しいのですが、実は・・・」
ロビンはこう切り出し、ラシュディに魔族に関する事すべてを打ち明けた。
―黒幕はハトリックにかつて仕えていた黒魔術師。ハトリックに恨みを抱いた彼が“悔恨の呪い”で死人の魂を魔族に変えて人々を無差別に襲い始めた―
「むしろ我々ハトリックがアラドラスにお詫びをしなげればならないのです。亡くなった方々には、どんなに懺悔しても償いきれない。簡単に許してほしいと言うつもりもありません。今後は誠心誠意、アラドラスに対しても責任を取らせていただく所存です」
そう言って頭を下げるロビン。
アラドラスの王子は少し考えて、
「自国が大変な目に遭ったばかりなのに。真実を伏せていれば魔族から二つの国を守った“ただ”の英雄になれたものを。過去の過ちに対し、真摯に罪を償うというのか。君は本当に大した男だよ」
と、ロビンに笑顔を見せた。
「このことは国王にも報告させてもらうが、きっと侘びなど必要ないと仰るだろう。ジルオールの件で救ってもらった恩もある。困った時はお互い様だ」
「ラシュディ王子・・・」
「それにしても、黒魔術師は、その心次第で国を破滅にも平和にも導くのだな。中にはジルオールのような邪悪な野心を持った人間もいる。友好な関係を築いていくのはもちろんだが、相手の性格を見極める術を、こちらも身に付けなければならないな。今後、黒魔術師を採用する上で何かいいアドバイスはあるか」
「生意気ながら、僕の経験から言わせていただくと、一番大事なのは『相手を恐れないこと』。黒魔術師は普通の人間より遥かに強い力を持っています。しかし、それを恐れていては良い関係にはなれません。誤解を生む噂も立つでしょう。対等な立場で友人のように接すれば、相手の考えもおのずと分かってくると思います。僕とゼノンがそうであったように」
「恐れないこと・・・か。参考にしよう」
ラシュディはカップのお茶を飲み干すと、懐中時計を確認し、立ち上がった。
「ご馳走になった。他に報告があれば、続きは歩きながらでもいいか?実はあまり時間がないんだ。アメリアの無事な姿だけでも見て帰りたい」
「えぇ。構いません。案内しますよ」
二人は部屋を出ると、足早に宮室へ向かった。
途中、城の使いたちがラシュディに気づき、慌てて一礼したり、頬を赤らめたり・・・。
「あら、ねぇ見て、隣国の王子様ですわ」
「まぁ、ご無事だったのね」
「凛々しいお姿。ロビン様と並ぶとますます眩しく映りますわ」
などとこそこそ話まで聞こえてくる。
「あのようなことを大きな声で・・・。お恥ずかしい。どうか使いの者たちの言葉はお気になさらないでください」
「はは。平和な証拠だ。悪い気はしないよ。言わせておけばいい」
女性たちの黄色い声を浴びながら、二人は宮室前にやってきた。
コン、コン。
「アメリア様、アラドラスのラシュディ王子がお見えです。ご挨拶を」
扉の向こうから、タタタと掛けてくる音が聞こえる。
扉が勢いよく開くと同時に、アメリアはラシュディを思い切り抱きしめた。