宮室にたどり着き、ドア越しに声を掛けると、例のごとくアメリア姫が飛び出して、泣きながら私に抱き着いた。
「メグミメグミメグミ~!!会いたかったですわ~!!よく無事で、また帰ってきてくれましたわ~!!」
衛兵の目もはばからず、わんわん泣くものだから、私もつい、泣いてしまった。
「アメリア様も、怪我がなくてよかった!」
「もぉ、急に席を立って走りださないでくださいよ。あたし、今走れないんですから」
ドアを押して、ヨロヨロと出てきたのはシルフィだった。
頭と左手に包帯をしている。
「シルフィ!大丈夫!?」
「見て分かるでしょ。大怪我よ!あんたを庇ったせいで。お陰でバイオリンも弾けやしない」
「あ、あの時はありがとう。バイオリンは無事だったの?」
「んなわけないでしょ!爆風にやられて木っ端微塵だったわよ!」
相変わらずギャーギャーうるさい。思ったより元気はあるようだ。
「・・・エルーシオは?」
「あれでも軍を束ねる隊長だからね、部下の様子を見に行ってる。それよりあんたの歌でこの痛みから早く解放してくんない?うずいて仕方ないのよ」
上から目線は健在。
まぁ助けてもらったし、アメリア様も歌を聞きたくてうずうずしているようだから、やるか。
私は帰ってきて二度目の『花のワルツ』を歌った。
「はぁ~、楽になった。ありがと。認めたくないけど、やっぱり強力な魔力ね。さすが、ソロモン卿を倒すだけのことはあるわ」
その瞬間、アメリア姫が尊敬の眼差しをこちらに向けた。
「えぇ!?メグミがやったんですの!?凄過ぎますわ!!」
私は慌てて人差し指を立てた。
「シルフィ、そのことだけど、まだ言いふらさないでね。さっき議会で話してきたばかりなの。城の人たちや城下の人たちには議会から説明してもらうことになってるから」
「はいはい、分かってるわよ。でもあたしたちにはもう少し詳しく聞かせてくれるんでしょ?」
ニヤリと笑うシルフィに、私はため息をつき、ひとまずビアンカ姫のことは避けて、当時のことを説明した。
アメリア姫が黒魔術師のソロモンのことを“ただの悪い人”と誤解されたままというのも嫌だったので、“勘違い”から始まった悲劇ということを強調した。
「元々はゼノンのように、城に尽くそうとしていた人だったんだよ。そのことは、分かってあげてほしい」
「あたくしたちは、自分で自分の首を絞めていたようなものですのね。最初から、誰も差別することなく、良好な関係を保ってさえいれば、こんなこと、起らならなかった。ゼノンとも変わらずいい関係を築いていかなければなりませんわね」
笑顔を向けるアメリアに、私は頷いた。
「ニャア~」
「ん?」
猫の声とともに、ドアの向こうをカリカリする音が聞こえた。
「あら、どのネコちゃんが遊びに来てくれたのかしら」
アメリアが立ち上がってドアを開けると、黒猫のカノンが入ってきた。
「まぁ、珍し。メグミに用事なんじゃない?」
確かに、カノンは私の服を噛んで引っ張り始めた。
「??何か、用があるみたいだから私行くね。お邪魔しました」
「もう行っちゃうんですの?メグミ」
「また来るね」
名残惜しそうな姫を背に、私はカノンに引っ張られて宮室を後にした。
裏庭まで来ると、カノンはようやく私を解放した。
「どうしたって言うの、カノン」
「お前、さっきの話をご主人にしたか?」
「やだ、立ち聞きしてたの?タチの悪いネコ。まだゼノンには話してないけど、どうして?」
「ソロモンは、ご主人が憧れ続けてる偉大な黒魔術師なんだよ。こんな話、知ったらきっとショックを受けるだろうと思ってな」
「だけど、いつかは知ることになるよ。私が話さなくても、議会が公表するから」
「うぅん、そうなのか・・・。参ったな」
ゼノンのこと、すごく心配なんだ。
ならなおさら、彼にもちゃんと事実を話すべきだと思った。
アンナの秘密も共有する仲だし、ビアンカ姫のことも、ゼノンには包み隠さず話そう。
「ゼノンには私から説明する。大丈夫だよ、カノン。行こう」
「・・・分かった。だったら俺もちゃんと言わなきゃな」
「?何を?」
「今に分かる。行くぞ」
意味深な言葉を残し、カノンは覚悟を決めたように西棟へ歩き出した。