黒魔術。それは、使い手が悪魔を召喚することで得られる不思議な力。

わたしは、そんな魔術師の血を引いて、この世に生を受けた。

「ゼノン?そろそろご飯の時間よ。下におりてらっしゃい」

いつものように部屋のドアを開けて母さんが僕を呼ぶ。

僕は素直に返事をして読みかけの本を閉じ、ランプの明かりを消した。

「あら、また魔導書を読んでいたの?熱心ね」

「まぁね」

父親はハトリック城に仕える黒魔術師だ。

僕もいつかは父さんのように自分で魔術を使えるようになりたい。

そのために、日々の勉強は欠かせなかった。

「ゼノン、勉強熱心なのは感心だが、食事の時間に遅れるのはいただけないな。早く席に着きなさい」

「はい、父さん」

テーブルにはおいしそうな料理が並べられて、すでに父さんが待ちきれない様子でフォークを握りしめていた。

父親がハトリックで働いているとはいえ、僕たち家族はまだ城下で暮らしていた。

だから僕はお城のことに興味津々だった。

「ねぇ父さん、今日はどんな仕事をしたの?クイーンやキングには会えた?」

「大したことはしてないさ。魔族対策について話し合いに参加したくらい・・・。それよりビッグニュースだぞ!もうじき王室に、跡継ぎになる子供が産まれるんだそうだ!男の子か女の子か、城の中はその話題でもちきりだったぞ!」

「あらまぁ!それはめでたいわ!!何かお祝いを準備しなくちゃね」

赤ちゃん・・・?お城に王子様かお姫様が産まれてくるってこと?

すごいや!どんな子なんだろう。楽しみだな。

喜ぶ両親を見て、そんな風に僕もワクワクしていた。


後に父親から、女の子が、つまり姫様が産まれたことを知らされる。

でも僕はまだお城の中に入れないから、その姿を見に行くことはできないでいた。

そんなもどかしい毎日を過ごしていた、ある日のことだ。

ハトリックに恐ろしいことが起こった。

「魔族が出たぞーーー!!家の中へ隠れろーーー!!」

危険を知らせる鐘の音とともに、衛兵たちが一斉に叫んだ。

ハトリックの防衛も十分とは言えなかったこの頃、時折城の者の警備を掻い潜って魔族が城下へ侵入してくることがあったんだ。

こうなると、町中が大パニックになっていた。

「早く地下へ!」

母親が呆然としている僕の手を引っ張って、家にある秘密の地下室へと押し込んだ。

「大丈夫だよね?父さんが何とかしてくれるよね?」

「しっ!声を出してはダメよ、ゼノン。魔族が去るまで静かにしていて」

母親に諭され、事態が収束するまで不安な気持ちを抑えながら、息を殺してじっと待った。

あの日のことは今でも忘れない。

魔族は城の者たちによって退治され、翌日に父親も無事に家路についたが、今までの威厳が嘘のように怯えきった様子だった。

「あなた、どうしたの?何かあったの?」

「すまん・・・俺は、・・・俺には無理だ・・・。もう黒魔術師をやめる・・・」

「え・・・?」

母さんも僕も父親からの一言に面食らった。一体何を言っているんだ・・・?

「やめるって・・・どうして?ねぇ、ちゃんと訳を話してよ」

肩を揺さぶる母さんの手を、父さんは震える手で掴んだ。

「魔族を見て、体中の震えが止まらなくなって・・・、黒魔術が使えなかった・・・。呪文が全て、頭から飛んじまった。魔族と戦えないことが分かった以上、城に仕え続けるのは無理だ!!お前たちすまん!!不甲斐ない俺を許してくれっ!!」

父さんは呆気にとられる母さんを突き放し、自室に駆け込んで閉じこもった。

「そんな、あなた・・・。こんなこと、信じられない」

すすり泣く母親。

僕は、混乱していた。

今まで、父さんが黒魔術師であることに誇りを感じていたのに。

魔族を退治して、ハトリックに貢献してくれると信じていたのに。

あの弱弱しい姿は何?情けない。

黒魔術師の恥さらしじゃないか!!

「安心して、母さん。父さんの代わりに僕がきっと」

つぶやくように母親に告げると、僕は魔導書を手に自分の部屋へ向かった。

「ゼノン・・・。ゼノン!?ダメよ!!あなたにはまだ早すぎる!!」

僕が何をしようとしているか気づいた母親が、僕を止めに追いかけてきたが、もう遅かった。

部屋にカギをかけ、僕は魔導書を見ながら、チョークで床に魔法陣を描き始めた。