冷たい夜風の吹く北塔の展望台。

空には満点の星が瞬いて美しい。

しかし今のメグミにはそんな夜空を見上げる余裕などなかった。

この世界に迷い込んだ矢先、暗い森の中で出会って以来、姿すら見かけなかった恐ろしい存在がまさに今、自分を怖い顔で睨みつけているのだから。

「ど・・・どうして・・・」

震える声で、やっとの思いで言葉を絞り出す。

魔族は口角をさらに上げた。
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「娘、覚えているか?我が名はルーク。久しぶりだな」

覚えてる。忘れるはずがない。

あの時私の血の色を見て、仲間と勘違いした魔族。

「どうしてここにいるの?あなたはハトリックには入って来れないはず・・・」

「ククク。ようやくハトリックの者どもに報復できる時が来たのだ。長かった。どれだけこの時を待ちわびたことか。なのにお前は、我々がもどかしくしている間、城の中にいながら何も行動を起さないとは呆れたものだ」

ルークはまだ私を仲間だと思っているのか?

襲われないなら、それに越したことは無い。

けど、どうやってここまでたどり着いたか知らないが、このままこいつを野放しにしておくわけにもいかない。

「お前は、我らを裏切ったも同然だ。ハトリック城に忍び込むことができたのなら、そいつらの心につけ入り、我々を城へ手引きすることもできたはず。なのに、お前はのうのうと城で暮らしていただけ。一体どういうつもりだ!?」

ルークは私に噛み付かんばかりに迫ってきた。

激しい怒りが赤い目にこもっている。

魔族は人を襲い、殺す。

このままだと、どの道私もやられる。

意を決し、私はルークを睨み返して叫んだ。

「勘違いしないで!私は、あんたたちの仲間なんかじゃないっ!あんたたちの好きにはさせない!姫もハトリックも私が守る!!」

その瞬間、ルークの髪の毛が怒りで逆立った。

「この裏切り者ぉーーーーー!!」

ものすごい速さでルークは私の脇腹に爪を入れた。

一瞬の事すぎて、私は声が出なかった。

思えば、私は真の魔族の能力を知らない。迂闊だった。



だんだん痛みが増してきて、私は歌を歌うどころではなくなってしまった。

爪が刺さった箇所からは赤い血が滴り出てくる。

「お前の血は赤い!この血の色を見ても、お前は我らの仲間ではないと言うのか?笑わせるな!ハトリックの民でもないお前が、本当に奴らの側に立てるとでも思っているのか?」

痛い・・・。

ルークの声が次第に遠のく。

意識が薄れていく。

私、このまま死んじゃうの・・・?

「ククク。無様な最期よ。愚かな娘!ハトリックに寝返った罰だ。苦しんで死ぬがいい!」

もう一方の手が、私の喉に迫る。

しかしそれは、一本の矢に阻まれた。

「王家の矢・・・!」

ルークは咄嗟に私から離れたが、続けて放たれた矢に仕留められた。

「ギャアアアア!!」

恐ろしい悲鳴を上げ、ルークはその場に崩れた。

矢が刺さった部分が黒い砂と化していく。

ルークは矢を放った人物を恨めしい目で睨み上げた。

「ロビン・・・貴様か・・・」

弓矢を構え、厳しい表情を湛えるロビンがそこにいた。

「仲間を引き連れて、城下の民たちを襲ったな。今護衛戦士が応戦しているところだ。パルバンの死期が近いことを知っていたな。この時を虎視眈々と待っていたというわけか」

「フン。今更気づいてももう遅い・・・。いくらか犠牲は出ただろう。これで終わりじゃない。まだまだ、我らの仲間は大勢いるのだから・・・・」

満足気に、ルークは砂となって散った。

「メグミ!しっかり!」

ルークが消えたのを見届けて、ロビンはすぐさま私の元へ駆け寄ってきた。

ドクドクと血の流れる私の傷口を、持っていたハンカチで押さえつける。

「どうして・・・ここが・・・?」

「城下に魔族が現れたという情報が入ってから、メグミの姿がないことに気づいてね。心配になって探したよ。ギリギリで見つけ出せてよかった」

「・・・パルバン・・・死んじゃったの?」

「いいからもうしゃべらないで。君まで死んでしまう!」

瀕死の私を抱え上げて、ロビンはすぐさま医務室へ向かった。

私は気がついた。彼の体が恐怖で震えていることに・・・。