アラドラス城の空に響き渡る叫び声。

最初は恐ろしいほど大きく聞こえていたその声も、次第に小さくなり、ついには消えた。

ギザギザした体から、紫色のオーラを放った悪魔はゆっくりとその場を離れ、近くの塔の屋根に降り立った。

後に残されたのは、魂を抜かれた肉体だけのジルオールの亡骸。

同じく悪魔の姿となったカノンは胸くそ悪そうにアガレスを睨んだ。

「主人の魂を食いやがった。アガレス、お前やっぱりこの時を虎視眈々と狙ってたんだな」

「そうさ。当たり前でしょう?あれほど邪悪な魂はなかなかお目にかかれないからね。召喚された時からずっと、喉から手が出るほど欲しかったんだ」

アガレスは満足そうに舌なめずりをした。

「俺を牢屋から逃がしたのも、最初から主人に協力する気なんかなかったからなんだろ?」

「さぁ?なんのことやら。それより、その娘の歌声のおかげで、君ももう自由じゃないか。何を悠長にかまえてるんだい?今まで散々、そこの黒魔術師にこき使われてきたんでしょう?今なら復讐できるじゃないか」

カノンは振り返ってゼノンを見つめた。

ゼノンは戸惑いながらもまっすぐにカノンを見つめる。

何か覚悟を決めているような目で。



そう。魔術師は悪魔を召喚し、契約を結ぶことで初めて黒魔術が使えるようになる。

自分の魂を代償として。

だから召喚者は自身が得た魔術で悪魔を封印することで魂を取られるのを回避している。

ジルもゼノンも同じだった。

しかし、自分の悪魔の封印が解かれてしまったジルは案の定、魂を取られてしまったのだ。


そして、ゼノンも・・・。


「だめ!!絶対にやめて、カノン!」
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私はカノンとゼノンの間に立ちはだかった。

「お願い、ゼノンの魂を食べないで・・・」

「メグミさん・・・」

「悪魔の姿に戻っても、あなたは私を助けてくれた。カノンはアガレスとは違う。そうでしょう?」

しばらく何も言わずに私をじっと見据えていたが、カノンは不意に笑みをこぼした。

「なに悲劇のヒロインぶってんだよ。誰がそんな不味そうな魂食うか、バーカ。それにもう泣かれるのはごめんだ。面倒くさいぜ」

「カノン・・・」

カノンの答えを聞いて、アガレスは心底驚いた。

「本気で言ってるの?黒魔術を無償で使わせるって言うのかい?封印が解けて、絶好のチャンスなのに!君のようなバカな悪魔、初めて・・・っ」

最後まで言い切る前に、アガレスは言葉を詰まらせた。

カノンに喉を掴まれたからだ。

「黙れ。さっきメグミが言ったように、俺様はお前とは違うんだよ。逃がしてくれたことには感謝してるが、俺様をバカ呼ばわりするのは気に食わなねぇな」

「君は・・・」

このスピードと力。

アガレスはずっとカノンのことを下級悪魔だと思い込んでいたが、この能力は明らかに自分を上回っている。

まさか・・・。

「君・・・いや、あなた様はもしかして・・・っ」

その先を遮るようにカノンはアガレスの首を持つ手に力を入れる。

「いいから、お前は死んだジルオールの企みをこいつらに話せ!一つ残らずだ!」

「わかりました!ごめんなさい!」

カノンの威圧に気圧されたアガレスは、今までのジルオールの非道な行いを洗いざらい白状した。

王子を始め、城の者たちの心に取り入ったジルオールは全てを手中に治め、次はハトリックを狙った。

ハトリック国を手に入れるため、姫の両親を毒殺したり、ナダルを送り込んで姫の暗殺を企てたり、城下の混乱を招いたり・・・。

全ての根源はジルオールにあったことを知った。


「姫の両親が・・・毒殺・・・。なんてことだ」

親交のある隣国の王と王妃を自国の側近が殺したという事実を知ったラシュディ王子はショックでその場にへたり込んだ。

「王子、あなたのせいではありません。しかし、アメリア姫にきちんと真実を伝えなければなりません。その他、ゴードン・レストラン事件、アメリア姫暗殺事件のことも議会に報告しないと。あなたには今一度、一緒にハトリックへ出向いていただきます」

ロビンはラシュディ王子を支えるように立たせた。

「わかった。できる限り協力させてもらう」

「しっかり頼みます。君にも、証人として来てもらうからね。いいかい?」

今度はアガレスに向かって言うロビン。

ギザギザの悪魔はギクッとした。

「えぇ!?僕も!?仕方ないなぁ。尻拭いさせられるなんて、面倒なご主人に召喚されたもんだよ」

そのまますぐに魔界へ帰ることもできたアガレスだったが、もう少し、このメンツに付き合ってみたいという好奇心とカノンが怖いという気持ちもあって、大人しく再びハトに収まるのであった。