アメリア姫の奇跡の歌声が、ロビンの命を救った。
一方で私のフルートの音色は、敵であるラシュディ王子の命だけを救うことになってしまった。
ロビンに自分の治癒の力が効かなかったことに、大きなショックを受ける私に、シルフィは半ば叱責気味に言う。
「まさか、こんなことになるなんて。だから言ったじゃない。あんたがフルート吹く必要ないって。見てみなさいよ、アイツのあの顔を」
ジルは王子と私の顔を交互に見ていた。
まるでいいおもちゃでも見つけた子供のように。
私の治癒の力に興味津々なのが嫌でも伝わってくる。
私は咄嗟にフルートをカバンに仕舞い込んだ。
「ラシュディ様をお救い頂き誠に感謝します。あなた不思議な力をお持ちなのですね。その力、どこでどうやって?姫様とは違い、楽器を演奏するようですね。もしや秘密はそのフルートにあるのでしょうか?」
ジルが歩み寄ってくる。
やだ、なんだか恐い。
「シルベスターさん、メグミは今しがた力を使い、疲れています。どうかそっとしておいてくださいませんか」
ベッドからロビンが少し強めの口調で言う。
ジルは真顔になって歩みを止めた。
やっぱり、瀕死の状態でも私の音はロビンに確実に届いていたようだ。
今度は王子が口を開いた。
「ジル、放っておけ。それよりわたしは一国の王子に剣を向けたそいつと同じ病室にいるのが不快でたまらない。怪我は治ったのだから、もはや薬くさい病室にいる必要はない。別の場所へ移せ」
レッテが素早く動く。
「主人が無礼を働いたせめてものお詫びに、すぐに最上級のゲストルームへご案内します。どうぞこちらへ」
もちろん、心からの言葉ではない。
ただ、これ以上相手ともめるのは時間の無駄だと思った。
ここはあえて謝罪を込めた言葉を使い、相手の怒りを静めて言うことをきかなければ。
けれど、そんなレッテの思いに気づくよしも無く、私は声を荒げた。
「ち、ちょっとまってよ!」
そう言って、涙を拭って立ち上がる。
まだ話がついてない。ここで白黒はっきりつけたかった。
「メグミ・・・」
レッテは何か言いたげだったが、私はかまわず続けた。
「決闘でロビンが勝ちました。姫との婚約を今すぐ取り消してください!お願いします」
その場にいただれもが私に注目した。
そして視線をジルとラシュディに移す。
ジルは意地悪くクックッと笑い始めた。
「何を仰るかと思えば。王子は決闘に負けてなどいませんよ。どちらもお互いの剣で傷つき、倒れました。引き分けです」
「決めるのは側近のあなたじゃありません。私は、王子本人に聞いてるんです!」
ジルは一瞬真顔になったが、すぐにニヤけ顔に戻った。
「それは失礼。ラシュディ様はどう思われます?」
王子は暫く黙っていたが、やがて頷き、「ジルの言うとおり、この勝負、引き分けだ。わたしは下級身分の貴様に負けたなどとは決して認めない」と言い残し、部屋を出て行った。
案内役のレッテはそれを慌てて追いかけていった。
「そんな・・・あれが引き分け?」
ロビンが姫のためにせっかく体を張って戦ったのに、ムダだったってこと?
「アメリア姫、力及ばず、申し訳ございません」
「ロビンは何も悪くありませんわ。あなたを失う方がよほど恐い。無事でいてくれてなによりですわ」
彼の手をとりながら、涙ながらに感謝する姫。
その様子を見ていたエルーシオはいたたまれなくなったのか、二人から目を背けた。
シルフィがそれを哀れむように見つめる。
「あーぁ。また荒れなきゃいいけど・・・」
正直私も、荒れたい気分だった。
私じゃロビンを癒せない。けど、アメリア様にはそれができる。
・・・なぜ?
姫とロビンが見えない絆で結ばれてるから?
やっぱり、運命なんだ。
私のこの想いは、お話の進行の妨げになるだけ・・・。
「なーにふさぎこんでんのよ。婚約は破棄されなかったけど、あんたが責任感じることじゃないでしょ。それとも何?自分の治癒力の未熟さに気付いて落ち込んでるわけ?」
違う・・・。
「メグミ、気にすることないよ。僕はもう治った。相手国に君の力を知られたことはマズかったけどね。だけどシルフィが言うように、君が気に病む事はない。相手の出方を見るよ」
違うの・・・。
なんとも言えないやるせなさ、悔しさ、切なさが私の心を支配していた。
自分の治癒の力への信頼が、音を立てて崩れていくよう。
また涙が出てきて、手で顔を覆った。
「メグミ・・・」
悲観にくれる私を見て、ロビンは何か覚悟を決めたような目つきになった。
ベッドから起き上がり、部屋に居る皆を見回す。
「皆に聞いてほしいことがある。これはゲルダとレッテ、そしてお城の年配の方々しか知らないことなんだけど、他の皆にも話す時が来たと思ってる。メグミと姫の力を目の当たりにしてしまった君たち皆にね・・・」