私と姫、シルフィ、そしてエルーシオが医務室に到着した時には、すでにゲルダと使用人だちによる手術が始まっていた。


シュディ王子もロビンも依然として危険な状態。


普通の医者なら手の施しようがないと諦めてしまうほどの深手だった。


「王子は、傷口はなんとか塞げそうだけど、血圧が戻らないねぇ・・・。フランシス様の方はさすがのあたしでもこのままじゃ厳しいよ。どうするか・・・」

 

いつもどんな病気でも傷でも治してきたゲルダも、この時ばかりは眉間にしわを寄せて考え込んだ。

 

私はロビンを不安な眼差しで見つめた。


顔色が悪くなっていく。唇も白い。


その姿を見て、亡くなった番人のおじさんがフラッシュバックする。


私は鳥肌が立った。

 

これ以上、苦しんでいるロビンを見ているのは堪えられない!


私はたまらず持っていたフルートを取り出した。


――絶対に、メグミは治癒の力をアラドラス側に見せてはいけない――


レッテにそう言われていたが約束を破らざるを得なかった。


「だめ!」



レッテがすかさず私を制止しようとする。


「放して!今ロビンを救えるのはあたしだけなの!」

 

シルフィがフルートに掴みかかる。


「バカ!あんたが吹かなくたってアメリア様が唄えば・・・」



シルフィの言う事なんて耳に入らなかった。



ロビンを助けたい一心で、シルフィたちの制止を振り切り、フルートを奏でた。


私のフルートを初めて聞く姫とジルはなぜ今演奏を始めるのかワケが分からない様子で曲を聴いていた。


演奏が始まってしまった以上、今更止めても同じこと。


エルーシオとシルフィ、レッテは諦めたようにただ見ているしかなかった。


 

ロビンお願い、私の音で早く傷を癒して元気なあなたに戻って。


そしていつものように優しい笑顔を私に見せて・・・。



「ラシュディ様・・・!!」

 

ジルがラシュディの変化に気が付いた。


痛がって苦しんでいたはずの王子はだんだん落ち着きを取り戻していく。


胸にあった剣の傷も目に見えて癒えていく。


王子は耳に入ってくるフルートの音を聴きながら思った。



(何だ、この音色は。わたしの中に入り込んでくる。体が・・・楽になる。それに、忘れていた何かを思い出せそうな気がする・・・)



メグミの演奏を聴いたものは分け隔てなく治癒の力の恩恵を受ける。


敵も例外ではないということ。




しかし・・・




どうして・・・??



ロビンの汗は一向に引く様子がなく、顔色もよくならない。


音は伝わっているはずなのに、傷が治ってくれない。




私の力が・・・効いてない!?




思わずフルートから口を離した。


エルーシオもシルフィもレッテもゲルダも信じられないという顔をした。


私は絶望して膝をついた。


「どうしてなの?ダメ・・・。私じゃロビンを助けられない・・・」

 

体の震えが止まらない。


このままロビンが死ぬのを黙って見守るしかないの?



途方に暮れる私に、アメリア姫が小さく声を掛けた。


「メグミはそのフルートでロビンを治そうとしてくれたんですのね。大丈夫。ロビンはわたくしがお助けしますわ」

 


そう言うと、姫は気持ちを落ち着かせるように深呼吸し、目を閉じて歌を唄いはじめた。


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初めて聴く。なんてきれいな歌声。心が清らかになっていく。


そういえば前にロビンから聞いたことがある。


アメリア姫はその歌声でロビンを癒す。


ロビンただ一人を・・・。

 

その言葉通り、ロビンの荒かった呼吸が徐々に静まっていき、平常を取り戻していった。


肩から脇腹にかけて開いていた傷口が、跡形も無く消えた。


そして、ロビンはゆっくりと、目を覚ました。

 

姫は唄い終ると、ロビンに抱きついた。


「ロビン!!あぁ良かった!久しく唄っていなかったから不安でしたの!本当に良かった!」


「アメリア姫・・・。ありがとう・・・ございます」

 

ロビンも姫の頭にやさしく手を置いた。


元気になってよかった。


彼が回復したのを見て本当に安心したが、心は複雑だった。


私の音色は届かなかったのに、アメリア姫の声は届いた。


どうして・・・?


ロビンになにもしてあげられない。


一番力を尽くしたい相手に、何の役にも立てないんだ。


突きつけられた現実に涙が溢れて止まらなかった。