翌日、ロビンとレッテ、ラシュディ王子と側近のジルオールは予定通り城下町へ繰り出した。
この間、姫は自室で待機。
王子の目を逃れられるので、姫にとっては一安心できる時間だった。
だが、心配は拭えない。
それどころか、昨日の縁談で姫の心が揺らぎ始めていた。
「あたくし、このままあの冷徹な王子と結婚させられるのかしら・・・。思えば今まであたくしは民が稼いで納めた税で贅沢暮らし。そのくせ国のことは他に任せっぱなし。あたくしは城下に下りることもせず、時々城内で挨拶に回ることしかしていない」
膝の上に乗った愛猫のエリザベスをそっと撫でる。
「一国の姫だと威張ってきたけれど、姫らしいことなんて何ひとつしてこなかったですわ。薄々気づいていたんですのよ。あたくしが何の役にも立っていないってことくらい」
不意に、エリザベスの体に水滴が落ちた。姫の涙だった。
「アラドラスと結束できれば、民は喜ぶかしら。今よりもっと、よりよい生活を保障できるのかしら。あたくしがわがまま言わずに我慢すれば、恩返しができるのかしら・・・」
扉の向こうの廊下で、足音が聞こえた気がした。
今は、来客は禁止されてるはず。
誰も来るはずは無いと、姫は再びエリザベスに視線を向けた。
「もし、本当にそれがこの国にとって正しい選択ならば、あたくしはこの縁談を受け入れますわ」
突然、姫の部屋のドアが開いた。
驚いて目を向けると、そこには少女がいた。
後から兵士が追いかけてきて、少女を捕らえる。
「何すんの!放しなさいよ!!私はアメリア様にどうしても言いたいことがあるの!!」
「なりません!いくらメグミ様でも今は面会謝絶です!!」
「んなこと言ってる場合じゃないんだってば!!」
兵士に掴まれた腕を必死に振りほどこうとしている私に、姫は駆けてきて私の反対の腕を掴んだ。
「衛兵、その手をお放しなさい!これは命令ですわ!」
「で、ですが・・・」
「責任はあたくしが取りますわ!だからメグミと二人きりにさせて!!」
「・・・どうなっても知りませんよ」
他ならぬ姫の言いつけに、兵士は渋々私の手を放し、自分の持ち場に戻っていった。
部屋の扉を閉めなおし、姫は私に向き直る。
「どうしたんですの?なんだかすごく必死になっていらしたけど」
実はさっきまでゼノンの部屋で“視点の鏡”でエリザベスを通して姫の様子を見ていた。
姫がラシュディ王子との結婚を前向きに考え始めていたので、焦って飛び出してきたのだ。
もちろんそんなこと、姫に言えるわけもなく、とにかく私は考え直してもらうように説得することにした。
「ねぇ、アメリア様。縁談はどうなってるの?まさかとは思うけど、王子と結婚する気じゃないよね?」
「え・・・?なぜそんなことを・・・。結婚すると言ったら、どうするんですの?」
「もちろん、全力でやめさせるよ!そんな馬鹿げたこと」
姫の両腕をがっちり掴んで私は怒鳴っていた。
最初、彼女はきょとんとしていたけど、大きな目に涙がたまっていくのが分かった。
やば、泣かせるつもりじゃなかったのにな。私、怒ってるんじゃないんだけど。
そう思ったが、姫が泣いた理由は別にあったようだ。
「あたくし、王子と結婚しなくても許されるんですの?この縁談が馬鹿げてるって思ってくださるの?あたくしが王子を拒否しても、咎めないでいてくださるのね?」
姫は私の胸で思い切り泣いた。
この子は、自分でもどうしていいかわからなくなってたんだ。
何が正しくて、何がいけないのか、判断がつかなくて苦しんでたんだ。
シルフィは言ってた。“ハトリックの民はこの婚約に反対している”と。
賛成しているのは議会だけ。
だから姫は無理に受ける必要はないんだ。
「アメリア様はこの縁談、きっぱり断って。議会の力に推し負けるかもしれない。けど、諦めないで抵抗し続けて。それがこの国のためになるの」
「・・・そうですの?本当に?」
「そうだよ。だからこそロビンは、縁談が成立しないように頑張ってるんじゃないのかな?そう思わない?」
姫はハッとして顔を上げた。
その顔に、もう悲しみも迷いも無い。
「確かにそうですわ。何よりもハトリックの民のことを考える彼ですもの。ロビンの行動がなによりも正しいに決まってますわ」
さっきまで涙に濡れていた瞳は希望に輝いていた。
「ありがとう、メグミ。気分がスッキリしましたわ。あたくし、もう惑わされない。ラシュディとの結婚なんて、絶対にお断りですわ!!」