朝がきた。できればやってこないで欲しかった朝が。
なぜなら今日はアメリア姫の許婚である隣国の王子が来る日だから。
自分のことではないのに、私は寝起きから気が重かった。
とにかく、アメリア姫のことが心配でならなかったのだ。
そしてとうとう約束の時間がやってきた。
パルバンが起こした波に乗って、アラドラスの船がハトリックに到着する。
ロビンや議会の役員たち、ハトリックの民たち、そして護衛戦士と私たちもその様子を見つめる。
船からは最初に兵士たちが、次に側近とアラドラスの王子がゆっくりと、ハトリックを見渡しながら下りてきた。
ロビンと同じような背丈、髪の長さもほぼ同じ。
けど、少しクセが入って深緑の毛色をしていて、目つきが悪いところは違っていた。
それにしても無表情。
大勢の人々を目の前にしてもピクリとも表情を変えない。
今彼が何を思っているのか、感情を読み取ることができない。
隣国の王子に対する第一印象は、「宇宙人」。
ハトリックの音楽隊が、ファンファーレを鳴らしてそれを盛大に迎える。
紙ふぶきまで舞い散らかして。
多くの人たちが出迎える中、ロビンが一歩前に出た。
「お待ちしておりました、ミカエル・ラシュディ様。遠いところから王子じきじきに足を運んでいただき、感謝します。ようこそ、ハトリック国へ」
ロビンが一礼すると、王子は初めて怪訝な顔つきになった。
「ロビンか、久しぶりだな。・・・感謝頂き光栄だが、このような大げさな出迎えは必要ない。それより姫の姿が見えないようだが、アメリアはどこにいる?」
少し視線を落とすロビン。
「それが・・・」
このとき姫は自室にこもっていた。
外に出る気にもなれず、ラシュディに会いたくもなかったため、ロビンの説得をどうしても聞き入れられなかったのだ。
「姫は今、お体の具合が悪く、部屋で休まれています。落ち着いた頃には顔を出されると思いますが・・・」
ラシュディは少しイラついたが、すぐに真顔に戻った。
「まぁいい。では姫の体調が戻り次第、縁談の議を始めるとしよう」
うーん、この人、感じが悪い。
さっきから態度が失礼だ。王子だからって威張りすぎ。
あれじゃ姫が嫌がるのも無理ない。
ラシュディの傍らに控えている男も薄ら笑いを浮かべていて気味が悪い。
たぶん、側近だろう。
ラシュディになにやらしきりに耳打ちしているところを見ると、ハトリックを批評しているのか、陰口でも言われてるみたいで気分が悪い。
「お荷物などはウチの者でお部屋へお持ちしますので、ラシュディ様は会議の部屋へどうぞ。ご案内します」
ロビンがレッテに目配せすると、レッテが素早く従者や使用人たちに指示し、アラドラスの船から荷物を降ろさせた。
ロビンはラシュディたちを城へ導く。
それを見届けた後、私たちも城に向かって歩き出した。
「相変わらず、イケ好かない男ね」
シルフィが憎たらしそうに言う。
「あんなやつにうちの姫を任せらんないわよ」
今まで大事に見守ってきた大好きな姫を奪われるのがたまらなく嫌な様子。
「これからどうなるんだろう」
このまま、私たちはただ見ているしかないのか。
すべての重要な事柄はロビンを含む議会が決める。完全多数決制。
ロビン以外に、姫の気持ちを汲んでくれる議員なんている気がしない。
事務的で、客観的にしか物事を見てくれない。
番人のおじさんのときもそうだった。
きっと姫も国の犠牲になってしまう・・・。
「そういえばここんとこずっとエルーシオの機嫌が悪いのよね。あいつの愚痴は酒場でレッテが聞いてあげてたみたいだけど、荒れすぎてて見てらんなかったって」
そうか、何だかんだ一番気苦労してるのはエルーシオかもしれない。
アメリア様を強く想っているし、きっとラシュディ王子との婚約に誰よりも反対してるのは彼だ。
「ホント、どうなるのかしらね。仮に婚約が成立したとしても、姫様がその先幸せでいられるとは思えないし、あたしたちが守り続けてきたハトリックを乗っ取られるみたいで気に入らない」
「シルフィはどうなって欲しいの?」
「そうねぇ、あたしはやっぱり姫様とロビン様が結ばれて欲しいわ」
その言葉が私の胸をツンと突く。
シルフィはそんな事気づくはずもなく、続ける。
「エルーシオには悪いけど、あの方がこの国の王に相応しいし、姫様にとっても、それが一番幸せだと思う。まぁ、理想を語っても仕方がないけど。で、逆に聞くけどあんたはどうなのよ?」
「わ、私!?私はね・・・・」
どうしてだろう。シルフィと同じ気持ちでいるはずだったのに、口に出そうとすると、苦しい。
姫には幸せで居てほしい。
ラシュディ王子となんか結婚して欲しくない。
だけど、ロビンと結ばれればいいなんて、気安く言えなかった。
それは、私もロビンが好きだから。
自分がロビンの姫になりたいと思っているからなんだ・・・。