いくら踊ってもリードについていけない私を見て、シルフィはつまらなそうな態度を見せた。


「なんか疲れてきちゃった。ロビン様の頼まれ事もここらで終わりにしましょ。あんた全然センスないみたいだし」

 

呆れたようにシルフィは私から手を放してしまった。


「ええ!?ちょっと待ってよ、私ちゃんと踊るから!」


「あらあら、こんなもの持ってあたしみたいな騎士と本気で踊れると思ってるの?」

 

彼は私のドレスの裾からフルートを引っこ抜いた。


「やっ!ちょっ!何すんのよ!?」


「それはこっちのセリフよ。楽器持参で踊るなんてマナー違反でしょ。あたしですら愛用のバイオリン手放してきたってのに」

 

うぅ・・・だってぇ・・・。


なんとなく、フルートをご無沙汰にしていても、距離を置くことはできなかった。


『スヌーピー』で、ライナスが毛布を手放さないのと同じ感覚だ。


持っていないと不安になるんだ。


「あんたは、ヘタなダンスするよりも、フルート吹いてる方がお似合いよ。あんたもそうしたいでしょ?」


「え・・・?」

 

彼はおもむろに私の手にフルートを押し付けた。


「もう、鈍いコね。あっちであたしたちと演奏しようって誘ってんじゃない。ホラ、行くわよ」


「えええ!?で、でででも私、花のワルツしか吹けないし、それに・・・」


「ワルツでしょ?それだけ吹けてりゃ上等よ。あんたのフルートとあたしのバイオリンで、ホールにいる連中に心も体も綺麗になってもらおうじゃないの」

 

今はフルート吹きたくないのに!!


という私の思いも虚しく、シルフィの楽団が演奏している場所の裏手へ連れて来られてしまった。


「今の演奏に割り込むわけにはいかないから、ここで待ってなさい。あたしはこの趣味じゃない服を早く脱いで、お洒落な衣装に着替えてくるから」

 

彼は私に「逃げんじゃないわよ」と念押しして、衣裳部屋に入っていった。


正直このままこっそり自分の部屋に帰ってしまいたかったが、後でガミガミ言われそうなのでグッと堪えた。


そうしているうちに、『美しく青きドナウ』の演奏が終わった。


次は私も加わらなきゃいけないのかな?


でも肝心のシルフィはまだ戻らない。


彼のことだから大方、衣装直しとかに時間がかかっているんだろう。





大広間の方から何人もの足音と、盛大な拍手が聞こえてきた。


何だろう?とカーテンをそっと開けて、裏手から覗いてみる。


シスターたちが静かにステージに上がってきて、整列しているのが見えた。


真ん中には指揮を取るシスター。


列の中にはアンナの姿もあった。


今まで踊っていた人たちは立ち止まったままステージに注目している。


音楽団も手を止めて座って見ていた。

 


指揮者のシスターが合図すると、一人が美声で歌い始めた。


ソロがしばらく続いた後、後のシスターたちが一斉に加わって、大広間はシスターたちの歌声に包まれた。


「グレゴリオ聖歌ね。ミサで聴いた時以来だわ。何度聞いても美しいわね」

 

衣装チェンジを終えたシルフィが隣に来て説明してくれた。


確かに美しい。心が洗練されるよう。


私は目を閉じて、その歌に聞き入っていた。

 


聖歌って、天使の歌声みたい。


元の世界では教会なんて近くに無いから、シスターの歌を聴く機会も無かった。


本の世界に来てラッキーだと思えるのは、こういう珍しい体験ができること。


お姫様と仲良くなったり、猫と話をしたり、人の傷をフルートで治したり・・・。

 


私は手に持っているフルートを見つめた。


「大丈夫だよね?私・・・」

 

その独り言が聞こえてしまったのか、シルフィが背中を押した。


「何いまさら不安がってんのよ。緊張する必要はないわ。楽しんで演奏しなくちゃ、踊り手も楽しくないでしょ?さぁ行くわよ」

 

いつの間にか聖歌は終わり、シスターたちはステージを降りていた。


私たちが演奏する番だ。


所定の位置に連れてこられ、シルフィたちが楽器を構える。


私も慌ててフルートを構えた。

 


演奏を始めたら、みんなが苦しがらないだろうか?


脳裏に不安がよぎる。


フルートの音が流れ出した途端、ホールに居る人たちがしゃがみこんで頭をかかえる。


そんな場面が頭に浮かんでいた。

 


指揮者が指揮棒を振る。


私は覚悟を決め、「花のワルツ」を皆と奏で始めた。


美しい旋律がホールに響き渡る。


それと同時に、不安で一杯だった私の心がだんだん穏やかになる。




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あぁ、そうか、シルフィのバイオリンの力だ。何て落ち着くんだろう。




閉じていた目を開くと、そこには曲に乗って優雅に踊る人々の姿があった。


誰も苦しんでなんかいない。


私は心からホッとした。




やっぱり、気のせいだったんだ。


私の癒しの力は消えてなんかなかった。良かったぁ。




しかし、踊っている人たちの間を掻い潜るように走るシスターの姿を見つけてしまった。


アンナだ。


誰も彼女を気にすることはなかったが、私は異様にそれが気になった。


彼女は青い顔で、そのままホールから出て行ってしまった。