―――――私は誰かに捕まってしまった。
手を後に回され、鋭い短剣を首に押し付けられている。
最初は驚きしかなかったが、状況が分かってくると、恐怖が湧き上がって来た。
けれど、この状態では何もできない。
そばにいるカノンも、ただ唸って威嚇する事しかできないでいた。
「このレストランの料理長はどこにいる?正直に答えろ!でないと、この場で殺す!」
男の声だ。
おそらく本気で言っているのだろう。
背後にものすごい殺気を感じる。それと同時に、私は男の声に聞き覚えがあることに気が付いた。
「あ・・・・アラン、なの?」
その瞬間、首にあった冷やりとした感覚がなくなり、両肩を捕まれて男の方に無理やり振り向かされた。
「メグミ・・・?お前なのか?こんなところで何やってんだ?」
「あ、あんたこそ何物騒な事してんの!?」
大方、エプロンをつけている私を、このレストランのシェフと勘違いしたんだろう。
アランてば、料理長をこんな手を使って探し出そうとするなんて・・・。
でも、フィオネが言ってたことはやっぱり違ったみたい。
アランは仲間を見捨てたわけじゃなかった。
一人で逃げ切って、ゴードン・レストランの料理長に猛毒を盛られた仕返しを果たそうとしていたんだ。
「そんなことより、お前よくも勝手に逃げ出してくれたな!おまけにアジトは荒らされてたし、城のもんが仲間を連れてっちまうし!料理長に敵討ちもできてない!くそっ!!俺はお前を許さないからな!」
アランは私を、怒りに任せて思い切り突き飛ばした。
「痛っ・・・」
しりもちをついて立てないでいる私を、今度は胸倉を掴んで無理やり立たせるアラン。
なんて乱暴な・・・。
「俺は、城の奴らが憎い!弱いものだけを排除するようなあいつらのやり方が気に食わない!どうして、俺たちばかりこんな目に遭わなきゃいけねーんだよ!」
私の服を掴むアランの手に力がこもる。
怒りで震えるほどだった。
でも、私にはアランの言い分が理解できなかった。
「ハトリック城の人たちが、弱いものを虐げるってどういうこと?ロビンたちはそんな事しないよ!」
「それは・・・お前が特別だからだろう!俺たちは、貧しくて、このままじゃ生きていけないと、城に助けを求めたのに相手にされなかった!!だから盗みを働くしかなかったんじゃねーか!」
そんな・・・。ウソだ。ロビンがそんな事するはずがない。
ロビンじゃない。
たぶんアランは心無い議会の人たちから命令を受けた兵士に、追い出されたんだ。
相手が悪かっただけなんだ!
だけど・・・今はそれを説明して分かってもらえる状況じゃない・・・。
「俺とお前は、同じ世界から来たのに、なんでこんなに立場が違う?どうしてお前は、城に受け入れられるんだよ!?俺たちは汚いものを見るような目でしか見られなかったのに・・・なぜだ!?」
憎しみのこもったアランの目は、少し悲しげだった。
私を・・・そんな気持ちで恨んでいたのか。
カノンが警戒を続けたまま、口を開いた。
「こいつ・・・。メグミが羨ましいのか?俺にはまるでそんな風に聞こえるぜ。どう思う?」
え、私を恨んでるんじゃなくて、妬んでるってこと?
・・・だとしたら、アランは本当はお城に憧れを抱いてるのかな・・・。
彼は城の品格を誤解してる。
非情な心を持っているのは一部の人間だけ。
あのお城の良さを知って欲しい。
ハトリック城の人たちがどれだけ優しくて、愛に溢れているかを・・・。
「まだ、言ってなかったね。私がここにいる理由」
「ん?」
「私はあんたたちに理不尽な思いをさせないために、ここに来たんだよ。ゴードン・レストランの料理長を法で裁いてもらえるように、証拠になる毒を探しに来たの。誰が手助けしてくれたか、分かる?」
アランは黙って首を横に振った。
私は訴えかけるようにアランをまっすぐ見つめた。
「ハトリック城の大聖堂にいるシスターから、毒を盛った料理長を逮捕するためのアドバイスもらって、城の護衛戦士の一人に、証拠探しのための外出許可を取ってもらったんだよ!お城の人たちが、ここの悪い料理長を捕まえるのに協力してくれてるんだよ!?この意味が分かる?」
アランは、少し驚いたような、それでいて信じられないというような表情をしていた。
「城は、俺たちだけが悪者だとは、決め付けてないってことなのか?俺たちが毒で死にそうになったって、信じてくれてるのか?ここの料理長も公平に裁いてくれようとしてるってのか?」
「そう!そうだよ!だけど、それを可能にするためには、罪を立証しなきゃいけないでしょ。だから今、必死に探してるんだけど・・・」
アランの戸惑った様子を見て、カノンが警戒をようやく解き、さっき言いかけていた事を嬉しそうに切り出した。
「証拠のことだけどな、安心しろ。俺様が有力な情報をつかんでやったぜ!」